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これまでの人生、それなりに波風を乗り越えてきた自負はあった。 むしろ捉え方によっては、波風どころか嵐のような局面もあったかもしれない。 浮気相手に、夫と別れるよう詰め寄られたことが幾度かある。 でも柚子にはこの生活も、夫も受け渡す気はなかった。夫に対する愛はいつの日か霧の彼方に消えていたけれど。 意地になっている、というのも少し違う。自分の持ち物を、手放したくないだけだ。それは当たり前の感情だった。 例えるなら、大した思い入れはないけれど、長年にわたって使っている財布。古びているけれど手になじむ財布である。
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