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三話
優美な穹稜が連続する柱廊の奥、蝋燭の炎が朧に照らす礼拝堂でサバトが開かれていた。
白髭の修道士と司祭が杯を酌み交わし、跳びはねるように歌い踊っている。
「おおダミアン、良い所に」
「宴もたけなわだ、お前も来い」
「我らがいと高き主に栄光あれ!」
「栄光あれ!」
正気の沙汰ではない。酒に阿片でも入っているのか。司祭が弛緩しきった笑顔でダミアンを手招き、修道士が腕を掴んで引きずり込む。真鍮の蝋燭皿が床を打ち、白い蝋燭が横倒しに転がる。
礼拝堂の壁には等間隔に蝋燭が燃えていた。周囲には大勢の修道士が集っている。総じて半裸か全裸、全身が照り光っているのは香油を塗りたくっているからか。
夢と現の区別すら付かない乱痴気騒ぎの渦中、少年は凌辱された。
「おやめください、ッは」
「何を嫌がる?通過儀礼だ」
「洗礼だ」
「喜べダミアン、これで漸く我が院の一員になれるぞ」
「共に主を寿ぎ祈りを捧げようではないか」
司祭が口元に杯を突き付け、無理矢理酒を呷らせる。修道士がダミアンの蕾に香油を塗り込め、赤黒い剛直をあてがい、奥まで刺し貫く。
「お前は我々に奉納された贄だ」
「主に尽くすように儂らに尽くせ」
壁の蝋燭が照らしだす異形の宴。山羊の角を生やした悪魔たちがダミアンに群がり、愉快げに高笑いする。逃げようにも多勢に無勢でどうにもならず、恥辱を耐え忍ぶよりほかない。
酒の効果で全身が悩ましく火照り、陰茎が固くなる。
「お許しください司祭様、なんでもいうこと聞きます、痛いのはいやです」
「安心なさい、痛くはせんよ」
神様はただ見ているだけで迷える子羊の嘆願に応えない。礼拝堂に飾られたキリスト受難像は沈黙している。
「あッ、ンあっ、ふぁあっ」
入れ替わり立ち替わり体の奥の奥まで犯された。誰かがダミアンの頭上に酒を注ぎ、背中に垂れ広がる雫をぴちゃぴちゃなめる。けだものに嬲られてるようで吐き気がした。
頭が朦朧とする。幻覚が現実を蝕み、礼拝堂で乱交に耽る連中が悪魔の本性をさらす。
「良い子だダミアン。股を開きなさい」
「ぁ、うぐ」
貧弱な下肢を押し広げ、巨大な男根が挿入される。抽送の律動が新鮮な痛みを生じ、狂ったように前立腺を突かれ、とぷとぷ先走りを漏らす先端がもたげていく。
「我らが主に全てをさらしなさい」
「お許しを司祭様、ぁあっ」
「おやおや床にたらしてはいけないよ、オナンの戒律を忘れたのかい?綺麗になめてあげようね」
入れ替わり立ち替わり修道士たちが尻を犯す。ダミアンの精液を直接啜り、司祭が恍惚と呻く。
「若人の精液は美味い。生き返る」
蝋燭の炎が縮んで膨らみ、壁や床に投じられた影たちが不気味に蠢く。誰かがダミアンの茶髪を一房すくい、後ろから手を回して乳首を搾りたて、乳白の蜜が滴る陰茎を揉みしだく。
さらには軽い体を抱え上げ、深々と貫き、対面座位で揺すり、十数回の絶頂に至らしめる。
「あッ、ぁッ、ぁあっ」
「気持ちいいか。良い所にコリコリ当たるか。そんなに仰け反ってはしたない子だ、ぎゅうっと食い締めてくるぞ」
薄らぐ激痛に底なしの快楽が取って代わり、自らねだるように腰を押し付け、涙と涎をたらして喘ぐ。
司祭が意地悪く含み笑い、淡い桃色の乳首を吸い立てる。
「ダミアンの名前の由来を知ってるかい?ラテン語の飼いならす、調教師、抑制するもの。そして供物」
「お前は我々の供物として捧げられたんだよ、喜んで奉仕なさい」
近く遠く声が響く。目に映る光景がグロテスクに歪み、蹄と角を備えた悪魔の群れに取り囲まれる。
「あっ、ンああ゛ッ、ふあっあっ気持ちいっ、ぃくっ、ぁあっあ゛あ」
醜悪な肉瘤を生じたペニスが猛然と出し入れされ、山羊の尻尾が脚に巻き付いて締め上げる。
「あッ止まんなッ、やだっ司祭様たすけっ、ぁあっあ」
悪魔たちが踊り狂い、少年の肉体を貪り尽くす。
顔を跨いでフェラチオを強制し、かと思えば蝋をたらし、弾む尻を突き上げて前立腺を狙い打ち、大股開きで潮を吹かせる。
「んっむ、はぁ」
礼拝堂の石床に這い蹲り、両手と口で修道士に奉仕するダミアンの尻と陰茎と乳首を別の男が責め苛む。
蝋燭の炎に映えるイエスの顔は、信徒の堕落を嘆く翳りを帯びていた。
ダミアンが送られた修道院は、一族の面汚しを厄介払いする場所だった。
多額の献金と引き換えに貴族の問題児を預かり、薬と快楽漬けにして調教を施す不徳の温床。
『まあ跡継ぎは足りてるし、ね』
『異端の血を家系に入れるなぞ想像しただけで汚らわしい』
結論として、ダミアンは父に売られたのだ。
翌日、ダミアンは脱走した。
修道院には二度と帰らなかった。
信じていた人たちにことごとく裏切られた。それは神の裏切りに等しい。
ダミアンはさすらった。
修道士見習いの身で路銀は持たず、三日もせず行き倒れ、目が覚めれば粗末なベットに寝かされていた。森の入口付近で倒れた事は覚えている。
ダミアンを拾ったのは、黒い森に住む薬師の老婆だった。
「こき使っても文句をたれない、便利な助手がほしかったんだよ」
ダミアンは老婆と共に暮らし始めた。
薬師の助手を務めるに際し、修道院で育てた薬草の知識や実家で学んだ読み書きが役に立った。
人間嫌いで気難しい老婆だったが、いたずらに過去を詮索してこない距離感は心地よい。
老婆のもとには様々な用向きの村人が通ってきた。二日酔いや冷え性の特効薬、悪阻止めを求めにくる者もいた。産婆として駆り出されることも多い。
「エッカルトの女房が産気付いた。行ってくるよ」
「僕は?」
「留守番してな」
お産の手伝いは女の仕事と決まっており、男のダミアンは待機を命じられる。村にはベテラン産婆のグレーテルもいたが、命に関わる難産の時は、陣痛を和らげる薬湯に詳しい師匠が指名された。
「ヤナギの樹液を煮出した煎じ湯を飲ませるのさ。解熱と鎮痛作用がある」
とはいえ、全員を救うのは難しい。
夜更けに扉が開き、何者かが敷居を跨ぐ。寝ずに待っていたダミアンは蝋燭を捧げ持ち、憔悴しきった老婆を出迎える。
「おかえりなさい師匠。お産は……」
「死んだよ。両方とも」
母親か赤子のどちらか、あるいはその両方が死んだ時、日頃から少ない老婆の口数はさらに減った。
暖炉前の椅子に沈み、ため息に暮れる老婆の姿は痛ましく、黙って付き添うしかできないのがもどかしい。
暖炉に薪を放り込み、老婆は言った。
「全く馬鹿げてるよ。お産の場は男子禁制だなんてね。お前がいてくれたらもっと……いや、過ぎた事さね。忘れとくれ」
うちひしがれた独白で思い出したのは、十数年前に聞いた、ゾラの嘆きだった。
中世の乳幼児死亡率は高い。平民や百姓の子となれば尚更だ。移動中の馬車の荷台で出産するツィゴイネルの場合はさらに危険が伴い、大勢が命を落とした。
『母さんは私を産んで亡くなったの』
誰が死んでも哀しいが、日の目を見ずに死んだ赤子の葬儀は心が塞ぐ。
老婆は無力を噛み締め落胆し、ダミアンは森でローズマリーやカモミールを摘み、それを墓に手向けた。
洗礼を受けず死んだ赤子の魂は辺獄へ流れ着くと聖書には書かれていた。
何故そうなるのかダミアンにはわからない。罪なき赤子の無垢な魂は、真っ直ぐ天国に昇ってほしい。
神様の言うことなすこと全て正しいとは限らない。
時に遠方からの訪ね人もあった。民間療法に通じた老婆はそれぞれによく効く薬を煎じ、卵やパンやチーズ、野菜や葡萄酒と物々交換する。
地下室の本棚を整理している時、古い本を見付けた。手書きの写本だ。中には魔方陣の描き方が記されていた。
老婆の正体は魔女だった。
「言うかい?」
戸口に立ち塞がる師の問いに対し、静かに首を振る。
「そんな恩知らずなまねできません。貴女のことは尊敬してるし、いなくなったら村の人たちが困る」
本音を言えば、保身が働いた。
「僕は修道院から脱走しました。今も追っ手がかかってるかわからないけど、目立ちたくないんです」
修道院に連れ戻されるのも実家に帰るのも願い下げ。この人は確かに魔女かもしれないが、神を騙る連中より余っ程マシだ。
この一件を境に正式な弟子と認められ、魔術の教えを施された。
老衰で息を引き取る間際、魔女は言った。
「いいかいダミアン、魔術の濫用は禁物だよ。アレは最後の切り札だ。生涯使わずすませられんならそっちの方がずっといい、だがもし使うときがきたら」
皺ばんだ手が頭をなでる。
「魂を売り渡しても悔いがないもののために使いな」
先代は大往生した。
ダミアンは偉大なる師を看取り、リルケ村の薬師を継いだ。
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