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五話
ダミアンはゾラが身ごもっていた事を知らなかった。子供の名前は夢物語にすぎない。
目の前にミルセアが現れたのは偶然だと思っていた。ところがただの偶然で片付けるには、あまりにゾラに似すぎていた。
まさか。
ひょっとして。
母の形見と紹介されたヴァイオリンは、ゾラの物に似すぎてないだろうか?
ミルセアが演奏したツィゴイネルの音楽は、嘗てゾラが弾いたのと同じ曲だった。
二年間共に過ごした弟子の素姓を詮索しなかったのは、真実を知るのが怖いからに尽きる。
もしミルセアがゾラの子供だったら?
ダミアンの血を分けた息子だったら?
そんな事がはたしてありえるだろうか。
ミルセアのヴァイオリンは母の形見。どのみちゾラは死んでいる、ダミアンが殺したようなものだ。
彼女が村から追い立てられた事も知らず、幸せな未来を思い描いてたなんてお笑い草だ。
万一ミルセアがゾラの子であり、ダミアンの息子であったとしても、今さら名乗りでる資格はない。
僕は穢れている。
真実を知ったら、ミルセアだって軽蔑する。
ミルセアが体を売ったのは生きるため。僕はどうだ?最後の夜は乱交に混ざり、嬉々として腰を振ったじゃないか。
ゾラを裏切った。
きみを裏切った。
これはその罰だ。
ダミアンのもとに来て二年もする頃にはミルセアは立派に成長し、類稀なる美貌の青年として知られるようになった。
村人たちの一部からは単なる師弟以上に親しげな様子を怪しむ声が上がり始め、苦渋の決断を迫られる。
エルマー親方へ弟子入りを勧めたのは、下世話な噂が届かないようたち回る限界を感じたから。
ミルセアが巣立てば師弟の仲を勘繰る物好きはいなくなる。彼は村の一員として認められ、幸せな家庭を築くことができる。
それが破滅の兆しになるとも知らず。
結果としてダミアンは説得に失敗し、師弟の間に溝ができた。
話し合いが決裂した数日後、ミルセアは洗濯物を持ち小川へ行った。
ダミアンはもういちど弟子を諭そうと後を追い、川のほとりに蹲るミルセアを見付け、衝撃的な光景に固まる。
「師匠」
ミルセアがダミアンの上着に顔を埋め、貪欲に匂いを嗅ぐ。その手が股間に伸び、下穿き中に消え、激しく動きだす。
「ッ、ふ」
服に染み付いた匂いを吸い込み、夢中で自慰に耽る弟子の姿にショックを受け、その場から逃げ出した。
ミルセアはダミアンに欲情している。
明らかに師弟以上の感情を持ち、性愛の対象として意識している。
地下室に逃げ込んだダミアンは束の間放心状態に陥り、我知らず股間に手を触れ、弟子の名前を呼んでいた。
「ミルセア」
こんな事しちゃいけないとわかってる。警鐘を鳴らす理性と裏腹に手は止まらず、下履きの中に潜って陰茎をしごき、雫に糸を引かせていた。
「ッふ、ぁっあっ、ミルセアっ」
あの子に求められている。
こんなにも慕われている。
誰かに必要とされている事実が泣きたいほど嬉しく、ミルセアの秀麗な風貌や逞しい手に劣情し、じれったげに腰が上擦り始める。
あの子に愛される人間は幸せ者だ。
羨ましい、妬ましい。
本当は手放したくない、ふたり水入らずで暮らしたい。
「んん゛ッ」
片手を噛んで声を押さえ、腰をくねらせ自慰に耽る。川のほとりのミルセアもそろそろ達する頃か。
あの子に抱かれる自分や抱く自分を妄想し、完全に勃起した陰茎を片手で擦り立て、それでも足りずに後孔をほぐし二本指を突き立てる。
こんな卑しい姿、あの子にだけは知られたくない。
絶対に見せられない。
「はあっ、んっぐ、ミルセア、ミルセアあっ」
嘗て修道院で教え込まれた快楽が甦り、自分の惨めさに泣きじゃくり、ぢゅぷぢゅぷ指を出し入れする。
以来、師弟間の微妙な均衡は崩れた。
ミルセアはダミアンの寝顔を眺めて自慰をする。ダミアンはそれに気付かぬふりをし、地下室で自慰に耽る。
ミルセアがそうしたように弟子の上着を盗み、匂いを嗅ぎながら陰茎をしごき、後孔に指を突き立てた。
何故こうなってしまったのか。
弟子に対し抱いているのは純粋な庇護欲だったはず。
修道院を脱走してから十年以上禁欲生活を続けてきた反動だろうか。
壮絶な体験がトラウマとして刻まれ、生理的嫌悪による拒絶反応が起こり、手淫すら控えてきたのに。
少年から青年へと成長したミルセアに恋されてると知り、自慰の現場を目撃するや欲情を禁じ得ず、その名を呼びながら果てる淫乱になりはてた。
だから、これは罰なのだ。
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