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序章
契約をしようと思って悪魔を呼び出したら、契約書を渡された。そんな経験は、誰しもあると思う。
最近、魔界では労働基準法が改正されたため、契約をする手順がより厳しく定められているのだ。
そのことを、彼はもちろん知っていた。
だから、印鑑も万年筆も用意してあったし、なんなら血判状も必要かなと思って小型ナイフまで用意していたくらいである。
それなのに、これはどういうわけだ。
「おや、これはこれは」
召喚した悪魔が差し出したその契約書は、白紙だったのだ。
「これじゃ契約ができないじゃないか!バカにしてるのか」
「すみませんねぇ。本当に申し訳ない」
思わず彼──サイロが声を荒げると、悪魔は悪びれた様子もなく、へらへらと笑った。
「つまりあなたは、悪魔と契約できないのです。だから、契約書から文字が消えてしまったのです」
「なんだと?じゃあ、どうすればできる」
顔をずいと近づけて問い詰めれば、悪魔はサイロの持った印鑑を指し示した。
「悪魔との契約において、印鑑や署名といったものはすべて無意味です。契約に必要なのは、取引をした相手を特定できる印。人間の世界ではそれが名前だが、我々にとってはそうではありません」
そこで一旦言葉を切ると、悪魔は不気味な笑みを浮かべた。
「悪魔が契約の際に目印にするのは、相手が持つ魔力の強さです。魔力が強いほど、判別は容易になりますが──あなたの場合、魔力は底辺ですからね」
「悪かったな、特定できないほどの弱小な雑魚で」
地味に貶されたことに眉をひそめつつ、サイロは苦々しげに答えた。そして、悪魔の言葉を待った。
「まあ、最初の質問に答えますと・・・・・・10年後のあなたが聖人君子のような善人になっていれば、我々でもあなたひとりという人間の区別はできるでしょう」
「悪魔は、善人の気配に敏いからか」
舌打ちしつつ尋ねれば、悪魔はうなずいた。
「そうです。今日から10年、良い人であり続けることができれば、あなたの気配が我々にも分かるくらいにはなるでしょう。その時こそは、あなたの願いを叶えてあげます」
「本当かよ?」
「あらゆる事において底辺のあなたには、これしか方法はありません」
「ムカつくなおい」
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