勇者

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 グリル爺さんが燃やした施設を完全に直すのに、3ヶ月は要した。  エルズベルトとともにドライバーを握りながら、サイロは隣に立つ先輩に問いかける。 「良かったんですかね、本当に施設ごと移転しちまって」 「ああ。政府から、迷惑かけたお詫びだってさ」  エルズベルトは、朗らかに答えた。  例の覆面の男は、やはり政府筋の人間だったそうだ。犯行動機は、施設の床下に隠された大金の具体的な金額を知ったことによる、一時的な衝動。  しかし、ナイフや銃といった武器をしっかりと装備し、人質をとって脅してまでも金を奪おうとした彼は、その後免職となり、留置所に放り込まれたらしい。  政府の高官たちは、このような事件が二度と起こらぬよう、徹底的に部下を教育するとサイロたちの前で固く誓った。  また、事件の口止め料として、施設をより広くて使い勝手の良い土地に移転するのを認めてくれた。手続きのために訪れた国役所の職員のマーシャは、入居者とスタッフがより良い生活を送れるよう、誠心誠意サポートすると豪語してくれた。頼もしい話だ。  新しい施設に、新しい土地。そこで心機一転、頑張ろう。  グリル爺さんの力によって焼け焦げた壁は、退去前の修復を余儀なくされたが、それでも不満はなかった。 「俺、グリル爺さんのことちょっと見直しましたよ」  壁に塗装を施しながら、サイロはエルズベルトに言った。 「やっぱり年とってても、元勇者は伊達(だて)じゃなかったなって」 「はは、そうだろ」     快活に笑いながら、エルズベルトもペンキの入ったバケツを持ち上げ、色の剥げた壁面に塗装をしていく。 「だから、俺はここが大好きなんだ」  一点の曇りもなく、エルズベルトが言い切った途端。 「おおお、デーモンじゃ!」  どこかから聞こえてくるグリル爺さんの声と、爆発音の連続。 「あー、またやり直しか。言ったそばから」 「まぁまぁ」  呆れたようにため息をつくサイロと、それをなだめるエルズベルト。他の職員も数名引き連れ、2人はそちらへ駆けて出していった。  今日も、日常は続いていく。  サイロと悪魔の契約は、約束の期間まであと少し。  
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