序章

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 唇を噛み締め、サイロは呟いた。だが他に方法がないというのならば、どうしようもない。それに、ほんの10年を耐え凌げば、望みが実現するのだ。  悪魔召喚のために必要な魔導書を探し求めた長年の苦労に比べれば、軽いものだった。 「よし、分かった。10年後まで善人やってりゃいいんだな」  決意を固めてそう問いかけると、悪魔はうなずいた。 「ええ、そうです」 「本当に本当なんだな?口約束じゃ足りねえぞ、ちゃんと契約書よこせ」 「悪魔の言うことが信じられないんですか?」 「当たり前だ!」  子犬のように目をうるうるさせる悪魔にツッコミを入れる。すると驚いたことに、悪魔はどこからともなくもう一枚の紙を取り出し、サイロに差し出した。 「そこまで言うならどうぞ」  そう言って渡されたのは、確かに要求した通りの契約書であった。さっき悪魔がよこしてきた白紙のものとは違い、一番上には『悪魔との取引と十年の善行に関する契約書』と書かれている。  10年間自分が聖人君子のような善人であり続ければ、必ずや願いを叶える契約を執り行なう。その旨がしっかりと明記された文面に満足し、サイロは氏名欄の部分に、用意していた万年筆で完璧な署名をした。  どうせなら、血判状も押しておこう。そう思い、小型ナイフで親指を軽く切って血を出し、指紋がはっきり残るように、署名欄の隣に押しつける。 「細かいですねえ、なんか」  きっちりと署名をした『十年の善行に関する契約書』を悪魔に渡すと、彼は嫌そうな顔をした。構わない。  人間の方法が魔界で通用しようがしなかろうが、これは必要なことだ。10年間を無駄に過ごしたくはなかった。  サイロは悪魔にも万年筆を押し付けると、『十年の善行に関する契約書』の下部を示し、そこに署名するよう強制した。 「ほら、お前も名前書け。長かろうが、ちゃんと正式名称で書くんだぞ?お前個人を特定できるようにだ。もし他のやつとかぶってるんだったら、署名以外の何でもいい、お前個人を特定できる印をここに残せ」 「うわ、だる・・・・・・よく面倒くさい人って言われませんか?」 「いいから書け」 「はいはい」  渋々名前を書くと、悪魔は万年筆をサイロに投げて返し、そして互いに署名をした『十年の善行に関する契約書』と、白紙の契約書を懐にしまい込む。 「それではサイロ殿。最後の手順のため、よい10年を」  最後にそう告げると、悪魔は黒い煙とともに姿を消した。
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