勝者と敗者の間に

7/7
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
「狙って3位獲りに行ったんだよ、あいつ。本気出せば1位獲れるような実力なのに」 「……そうなのか、あいつが?」 「確実に3位でゴールできるように微調整しながら走らせていた。競っている相手しか見抜けないような絶妙な加減で」  にわかには信じがたい話だった。  ヘンリーは懐から取り出した煙草に再び火を点ける。 「マシンの整備にやたらと時間を割いていたし、思い返せば彼はいつもレース場に誰よりも早く来て、誰よりも遅くまで練習をして帰っていた」 「そんだけ最善を尽くした結果が、偶々(たまたま)3位だったってだけだろ。見た目通りの半端な野郎だな」 「……どうだかな」  タバコの吸い口を噛みながら、ヘンリーは眉間に深い皺を寄せた。 「ねぇ、最高の車に乗せてくれるって本当なの?」  背後で声がして振り返ると、金髪の豊満な身体つきの女と、黒髪のスレンダーな女が俺の肩にしなだれかかってきた。 「おい、なんだよ。レティシアの奴、言い振らしちまったのか」  美女たちの肩を抱きながら、俺は得意げに言った。 「何人でも相手してやるぜ。で、レティシアはどこだ?」  目の前でヘンリーが、見るからに不快そうな顔でこちらを見てる。  俺の首に媚びるように細い腕を巻き付けながら金髪の女が言った。 「レティシアは来ないわよ」 「はっ、何言ってんだ。俺は彼女を誘ったんだぞ」 「だって、ほら」  女がくいっと顎先でカウンターの方を示すので、視線を移す。  私服に着替えたレティシアは、カウンター席にいるあの3位君の傍に立っていた。  3位君がカウンターの上に置いた、あの妙なロボットをぽんぽんと軽い調子で叩く。  まるで気心の知れた相棒の肩を叩くようなそんな仕草だった。 「えっ、どうして⁈ なんで持ってるの?」 「今回のレースで、3位入賞の景品だったんだ」 「やばい、めっちゃ嬉しいんだけど」  彼女は両手を合わせパチパチと小さく拍手をすると、にっこり笑った。  3位君が微笑み返しながら言う。 「前にこの店でコマーシャル見ながら、欲しいなぁって言ってたでしょ」 「覚えててくれたの?」 「僕もこのロボット、かわいいなって思ってたから……」  くしゃくしゃの赤毛を掻いて照れ臭そうにする3位君の頬に、レティシアが掠めるような愛らしいキスをする。 「本当にありがとう、ジョン」  両隣にいる極上の美女たちが霞むほどの衝撃だった。  完全にやられた……。  カウンターの上に置かれていた妙なロボットが、またあのウルウルの瞳でこちらを見てくる。  液晶画面に浮かぶその顔が、パチパチとあざとく瞬きを繰り返した。 『お友達からメッセージを預かっているよ!』  興味を惹かれたカウンター席に集う連中が、ロボットを囲んで耳を傾ける。  もしやと思い慌てて踏み出したが、時すでに遅し。 『ーーこの俺が正々堂々戦うわけねぇだろ、馬鹿どもが』 END.
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!