気づいたのは全部終わってから

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 一人暮らしの部屋には僕一人。すごく当たり前のことだけど、それが当たり前だとすっかり忘れていた。そう思ってしまうくらいに、一人じゃない時間が多かった。 「お、おかえりー」 「ただいま帰りました」  なんで人の部屋で勝手に酒飲んでるんだとは、もう今更なことだから言わない。この部屋の鍵を渡したのは僕自身なんだし。  とは言え隣の部屋なんだから、わざわざ僕の部屋で待ってる必要も無いと思う。鍵を開ける音で気づくだろうし。そう思ったから、そう彼女に伝えたら、 「こっちのほうが同棲彼女っぽくていいでしょ?」  ニコって笑いながら言うのはずるい。僕には親にすら渡していない、僕の部屋の合鍵を渡す以外の選択肢は消えた。  その結果僕が帰るといつも電気が点いてるという日常を過ごすことになった。そろそろ生活費を貰おうか。 「今日も既に一杯やってるんだね」 「うん、今日も安酒が美味しい」  コンビニのコスパよく酔えるアルコール缶を小さく揺らす。僕には劇薬だけど、彼女にとっては良薬らしい。確かに苦い、アルコールの苦味。 「僕のは?」 「もちろん」  ローテーブルの上に置かれたビニール袋の中から、彼女の飲んでいるものの三分の一程度のアルコール強度のものを取り出して渡された。  目の前に出されたそれを取ろうとしたら、引っ込められる。僕の目の前まで来て。  そしていつものように目を瞑り唇を少し突き出す。酒代の代わりの要求。  僕はしゃがんで、その唇に軽く合わせた。アルコールの匂い。それと、ちょっとだけ洗剤の匂い。つまり彼女の匂い。  顔を離すと、僕を見て悪戯っぽく笑って、僕に寄りかかってきた。屈伸しているようにしゃがんでいた僕は、思わずのことで身体を支えられず後ろに倒れる。床に打った頭が痛い。  彼女のことを見上げる僕を、楽しそうに見下ろしている。赤くなって顔が砕けている。  持っている缶を一口含んで、そのまま僕の口を無理矢理開けて流し込んできた。喉が弾け熱が刺さる。刺激が刺激のまま身体に染み渡っていく。  全ての液体を流し終えたあと、そのまましばらく口と口を重ねたままだった。むしろその距離はゼロからマイナスに近づいていく。喉奥からするアルコールの匂いが、彼女のものか自分のものかわからなくなった。全部が解けて混ざるようで、思わずむせ返る。  しばしの時間を超えて、顔が離れる。再び僕を見下ろす彼女を見上げると、明らかにアルコールだけではない理由のために、彼女は蕩けていた。 「…するなら、ベッドで」  かろうじて僕が零せたのはそれだけで、ボーっとした頭で遠くでいつもより早いなぁなんて考えてた。  彼女は僕と会うとき、いつも左手の薬指の装飾を外していた。  一切それを持った装いを見せずに、僕といつも会っていたらしい。  それに気づいたのは、彼女の部屋が空き部屋になっていたせいだ。元々荷物が少なかったのが幸いしたのか、僕が一日家を空けている間に全てが無くなっていた。  ポストの中には彼女かららしい手紙が入っており、想い人の元へ行くからごめんねと、シンプルにそれだけ書いてあった。  想うの意味の多様性に気持ち悪くなった。  それからなにかあったかと言われればなにもなく、変わらない僕を繰り返していた。  ただ、時々、家に帰ると部屋が真っ暗なことに違和感を感じて、短時間だけ出かけるときは、部屋の電気をつけたまま家を出ている。  あと、あのアルコール濃度の高い液体の味はもう忘れた。
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