カレーライス

1/5
38人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 夕方から激しい暴風雪に見舞われるという予報の通りになった。  すでに夜の闇に覆われた窓の景色の中を、星空の連続写真みたいに細かな白い塊が斜めに飛んでいる。 「やっぱ20年に一度の大雪っぽいっすよ」 「ボジョレーかよ」  客が誰もいないチープな明りの店内で、俺とバイトのケンは前掛けエプロンに両手をひっかけて窓を眺めていた。「突っ込みが昭和っすね」と大学生のケンに馬鹿にされる。 「うるせえよ」  数日前から全国ニュースが盛んに警戒を呼び掛けていた。特に日本海側の海岸沿いは20年に一度級の雪害に見舞われる可能性があると。実際に今日の夕暮れ前から雪の降り方が激しくなっている。気象庁はすげえなと、くだらないことを思ったりした。それにしても誰も客が来ねえ。 「店長、賭けないっすか。この先お客さんが来るかどうか」  ケンははしゃぎ気味だ。こんな天候で店はほとんど開店休業状態である。どこかワクワクするのだろう。バイトは気楽でいいことだ、と思いつつも俺もどこか他人事ではある。ここまで来たらいっそ雪で埋まってしまえと自棄で思ったりする。 「何を賭ける?」 「カレーっす。勝った方がお替わり権を頂く」 「くだらねえな」  と俺は苦笑した。  ケンが言っているのは、俺が今日寸胴に作ってきた賄いの特製カレーのことだ。いつも人数分プラス1杯分を作る。ケンが必ずお替わりをねだるからだ。今日は来るはずだった大学生のヒロと時ちゃんのふたりがこの雪で出勤できなくなった。3杯分も余裕がある。ケンのやつ何杯食う気だ。 「くだらなくないっすよ。俺今日は結構マジっす」 「そのマジを仕事の方でも発揮してくれたらな」 「なんすかそれえ」  暇なのでさっきからくだらない話ばかりしていたのだった。  この店は『チャイナチャイナ』という名の全国チェーンである。俺に言わせればなんちゃっての中華風のメニューが売りである。夕食の賄いは基本店の物だが、ケンや俺のように毎日食べていると終いには飽きてくる。そこでたまに俺は寸胴にカレーをこさえて家から持ってくる。その辺で食えるようなレトルトチックなものではない。前日から香辛料を調合して作る本格的なカレーだ。アルバイト連中には好評で、特に辛い物が苦手だったというケンは、これは旨いっすとバクバク食べる。 「ちなみにケンはどっちだと思うんだ」 「そりゃあもちろん、誰も来ないっす」 「くだらねえ。そう思ってる時点でダメだな」 「じゃあ店長はどうなんすか。マジ、この大雪でメシ食いに来るなんて雪女くらいっすよ」 「お前も、例えが昭和だ」  くだらんと一蹴して俺は手を振る。ケンは子供のように両手を窓に突いて外を眺めている。 「ほら、もうさっきから除雪車しか通んないすから。マジで店閉めた方がいいレベルっすよ」 「うるさいわ」  店の窓の外には国道が走っている。市街地から日本海までを抜けて走る一本道で周りには何もない。ドライブインのような立地である。普段はそれなりに交通量があるが、今日はまるで昔の元旦だ。一般の車はさっきから1台も通っていない。轟音を上げて過ぎ行くのは、オレンジ色のランプを方々に照らしながら走る除雪車両ばかり。その背後は闇である。こんな天候の日に、こんな場所まで飯を食いに来る者はいないだろうと思わせる。  昨年末にもおなじように大雪でやられた。目の前の国道もトラックをはじめ数多くの車が立ち往生した。それでみんな懲りたのだろう。今回の大雪のニュースで市民は早々に帰宅して外に出ないと決めたのだ。 「閉めたいのはヤマヤマだ。でも俺が決めるわけじゃない。チェーン店の哀しい性ってやつだな」  ケンの愛想笑いがぎこちない。残念だ、という顔が見え隠れしている。分かりやすいヤツだ。  
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!