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『たのむ、助けてくれ』
そう俺に溢した、敵国の少年兵。
治療していた兵士の腕に包帯を巻きながら、俺は無理だ。と一言返す。
「敵国のやつを治療できるほどの余裕は持ってねぇ。今はこっちが先決なんだ」
「違う、オレじゃない。…村の子供を、助けてやって欲しいんだ」
辛そうに表情を歪め、少年兵は俺に向けて銃を投げて寄越す。
「頼む…!」
どさりと、膝をつき泣き崩れる少年兵を横目で見ながら深くため息をついた。
「包帯を巻き終わるまでは待て。そんで、お前は軍服の上衣でいいから脱いどけ……敵国のやつと連れだって歩くなんて、後が怖くて出来ねえよ」
素直に軍服を脱いで、治療を終えるまで待っていた少年兵は、俺が振り返ったと同時に立ち上がり歩きだしていく。
少年兵の投げ捨てた銃を片手に、俺はその後を追う。
「どこまでいくつもりだ?」
「……村は、森を抜けた先にある。オレが立ちよった時には、もう」
問い詰めるつもりはなかったのだが、幾分か低い声音で問いかけたのが悪かったのだろう。
俺の言葉に萎縮したように肩を震わせて、少年兵は答える。「もう」から続く言葉は無く、切羽詰まった様子で助けを乞うてきたのは、おそらく…。
怪我人を救うことに躊躇いはない。
それが敵国の少年兵からの頼みとは言えど、戦争とは無関係な村人を助けるのに敵か味方かなんて考える必要もない。
(戦争で、一番先に傷つくのはいつだって民間人だ)
方や広く広大な領土をかまえ、その土地から採れるのは豊富な資源と食料。しかし、娯楽はなく、日々は生きるために消費されていく。
方や、狭い領土ながらも知恵を絞り、空に届くほどの建造物、地下深くにも住居が設けられ、技術力の高さは他の国随一。だが、食料の問題はいつだってついて回った。
お互い妥協し尊重し合えばより良き関係に至れたであろう筈の両国が、戦争に至ったのが半年前。
王宮制度のある二つの国。
どちらとも、略奪し土地の権利を奪おうとすることでしか解決できないと思っているのだ。
俺も、少年兵も、そんな権利者の掌の上で転がされている。
「こっちだ」
数刻、人の通った痕がある森の中を歩いていれば、先頭を歩んでいた少年兵が森の先を指差す。
鼻腔にかすかに漂う異臭。
その異臭の正体は、戦場に身を置き負傷兵を治療してきた俺には馴染み深くもあり、決して慣れそうにない"死"の臭いだ。
薄暗い森から一歩踏み出せば、辺りは想像通りの有り様だった。
焼け焦げた民家、地の上で蹲り悶絶する村人、既に事切れてしまった女児。その女児にすがり付き嗚咽を溢す深傷をおった女性。
少年兵の言う"村の子供"とは、あの女児のことだろうか。
そう問いかける前に、少年兵は目的の場所まで足早に歩んでいく。通りにいる村人のことなどまるで見えていないかのように振る舞う少年兵の背を追いかけていく。
麻で作られた簡易的な寝台の上に、少年兵と同じくらいの年頃の子供が倒れこんでいた。
「…っ頼む、イリアスを助けて欲しいんだ」
悲壮気に、少年兵は懇願する。
イリアスと呼ばれた子供は、おそらく少年兵と同じ年頃だ。顔色はひどく、体の至るところに見えるおびただしいほどの怪我。
少年兵自らが一応の治療は施したのだろう。
よれた包帯が身体中の至るところに巻かれているが、どれもが止血にすらなっておらず、真っ赤に染まっていた。
上手く酸素を取り入れられていないのか、チアノーゼを起こしている様子も見受けられる。
何も言わずイリアスの側まで近寄った俺は、真っ赤に染まった包帯を全て取り替え、未だ出血している箇所は圧迫止血を施して様子を見る。
怪我の処置を終えたが、安心できる状態ではないことは分かっていた。
イリアスの真っ青になった顔色には死相が見え、聞こえてくる呼吸は不規則で歪な音が混じっている。
体の表面の怪我は酷いが、命に関わるほどでない。だが、体の内側ー臓器のどれかが駄目になっていたとするなら、俺に出来ることは少ないだろう。
「………」
俺は無言で首を振った。
途端に表情をなくし顔色を悪くする少年兵に罪悪感を覚えるが、出来るものなら今すぐにやっている。
何も出来ないのだ。
この戦場の地で怪我の治療を施すことが出来ても、傷ついた臓器まで治す手段はない。
「……イリアスを、助けて」
感情をなくした声で、尚も俺に懇願する。
ー無理だ。
今度は態度ではなく、言葉でハッキリと伝えれば、少年兵は狂ったように笑い出す。
「……は、ははっ…。あはははッ」
本当に狂ってしまったのだろうか。
泣きながら絶えず笑い声を響かせ、覚束ない足取りでイリアスの側に座り込む。懐に仕込んでいたであろう小型のナイフを取り出して、あろうことかイリアスの胸へ突き立てようと頭上へ翳していた。
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