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手当たり次第物を投げつけ、時に俺に向かって首をしめようと狙ってきたり、何かを探すように身を屈め、言葉にもならない声で叫ぶのを止めない。
落ち着かせようと声をかけたが、俺の言葉すら聞こえていないのか、錯乱し暴れ続けてしまう。
幸か不幸か、今のカーティスに寝転がる負傷兵の姿は見えてはいないようで、器用にも負傷兵の合間をぬって距離をつめてくる。
流石、中隊の指揮を任されていただけのことはあった。
「あ゛あ゛あああ!!うわああアああアア!!」
感心してる場合じゃなく、どうにかしてカーティスを落ち着かせなければいけない。この場合どう対処したらいいのか分からないのが本音だった。
暴れ続けるカーティスから距離を取りながら、俺は衛生兵として出来うることを瞬時に思案する。
カーティスは、ここにくる前は部隊と共に前線で戦っていた。
顔面を覆う手酷い火傷が出来たのと、意識を失った時は、恐らく同じタイミングだ。
だとするならば、カーティスが意識を取り戻した直後に、いきなり暴れ始めたのはここがまだ"戦場"だと誤認しているからだろう。
俺に対して首をしめようと迫ってきたのも、それ故だ。
ここが戦場ではなく、俺が敵ではないと、同時に伝えられればカーティスは冷静さを取り戻すのではないか、と考えを巡らせる。
一か、八か。
距離を取っていた足を止め、暴れるカーティスの元へと自ら歩み寄ってく。
胸の位置で両腕を上げて、何も持っていない掌を見せ、ゆっくりと時間をかけ歩み寄っていく。そんな俺の行動に動揺したのか、カーティスは手当たり次第に物を投げ、距離が縮まっていくごとに叫び声が大きくなっていく。
逆効果な気がして一瞬怯みそうになるが、これ以外にカーティスを落ち着かせる方法が思い浮かばなかった。
「…カーティス、俺だ。シモンだ。覚えてるだろ、お前と一緒に入隊して、お前と一緒に大隊に選ばれた、シモン・ラハードだ。俺は、敵じゃない。なぁ、カーティス」
「アああ゛あ゛ぁああアアアっ!!嫌だ、イヤダイヤダイヤダ、まだ死ねない、まだ死にたくねぇッ頼む、頼むから」
カーティスの叫んだ言葉に、胸が切り刻まれそうになる。
俺は、部隊の奴等の最後を知らない。
イーグル大隊の衛生兵に選ばれて、そこから先、戦場での記憶がまるでない。穴が開いたように記憶が欠如していてるのだ。
思い出せる一番最新の戦場の記憶は、敵国の兵士を殺したあの時から。
だから、部隊の奴等がどのような最後を遂げていったのか記憶にない。
カーティスの叫びは、部隊の奴等全員が味わってきた叫びなのだろう。戦場で味わった恐怖と苦痛が叫ぶ言葉から鮮明に伝わってくる。
何故、俺は記憶を無くしているんだ。
カーティスがこれほどになるまでの惨状を俺も見ていた筈。後悔と自己嫌悪が一気に俺に襲いかかってきて、血が滲むほど唇を強く噛み締める。
熱い、目が熱くて仕方ない。
「しんだ、皆ッ、死にたくねぇ死にたく、ッ…!!…うわぁあ゛ああ゛あ、あ!!!」
「ーーッ!」
カーティスが振りかぶった拳が俺の頬にあたる。
鈍く重い一撃に視界がぶれて、よろけそうになるのを寸前で堪えた俺は、隙が出来たカーティスの体を抱きしめた。
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