5月17日の真相

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5月17日の真相

「あぁ疲れた」 黄色のワンピースを来て 上品な女性を演出した 加藤幸がリビングのソファに 全体重を預けるようにして ドスンと座った。 「お前また男遊びかやめろって」 同じリビングに置いてある 4人がけテーブルの前に肘をつきながら 柿の種をおつまみに缶ビールを 流し込み 桜木吾郎が呆れた声で言う。 「うるさいねぇ、うるさい!」 反発するような言い草で 加藤が返す。 どうやら加藤は1日ネットで出会った男と デートをしたせいで気力も体力も 底をついてしまったらしい。 おまけにその男とは上手くいった 手応えが無かったのか いつもよりまして不機嫌だった。 「なぁ、お前さぁ勝手に男遊びすんのは構わんけど、共同資金の口座から勝手に金下ろすなよ」 同じく吾郎と晩酌をしていた岡田が チューハイを一気に飲み干して 語気を強めて言い放った。 「ちゃんと返すってば、うるさい」 なおも悪態をつく加藤幸は スマホをカバンから出して 弄びながら無気力に返す。 「あのお金は皆で貯めてるやつだろ?何かあった時じゃ遅いからある程度の貯蓄は必要だから緊急用で使おうって。それを皆の許可なしに交際費に使うなんて言語道断だぞ」 そんな加藤の姿を見た岡田が 顔を赤らめながら興奮した形相で まくしたてた。 吾郎も共感するように 頷きながらビールを1口胃に放り込んだ。 「シェアハウスの管理をしてるのは私でしょ?なら歯向かうのはやめて、大人しくしてなさいよ。黙って金入れてりゃいいんだから 楽よねアンタらは。私なんか振込とか仕事ととか大変なのに」 その一言が岡田と吾郎に火をつけた。 てめぇふざけんなよ。 同時にシンクロするように 堪忍袋の緒が切れた。 「毎回毎回こっちが何もしねぇからって好き勝手言いやがってもううんざりだ」 「吾郎の言う通りだ。しずくやまひろの前では良い子ぶって猫被ってる姿気持ち悪いし、裏の顔は自分の事しか考えないエゴイストだもんな」 今まで溜まっていた鬱憤や怒りが 噴水のように勢いよく口から発せられる その光景は もはや他人と手を取り合って 住処を支えていく シェアハウスとは言い難いもので 見るにたえなかった。 流石に男2人にものすごい剣幕で 詰め寄られた 加藤幸は目を潤わせて さっきまでの威勢はどこへやら スマホをいじっていた手も止まり 顔を下に俯いてしまった。 「なんだなんだ」 金原のその一言を皮切りに 部屋からしずくとまひろの女性陣も 出てきてリビングに ネットハウスの住人が揃った。 「こいつ……また金取ったぞ」 息を切らしつつ 状況を理解出来ていな3人に 簡潔に事の事態を伝えた。 すると3人は またか……と白い目を 加藤に向けた。 このシェアハウスに住んでいる 加藤を除く4人は知っていた。 加藤幸の男癖の悪さも。 共同資金から交際費を取ったのは 今回が初めてではなく 数え切れないほど奪っていた。 もう、何回注意しても また時間が経つと取られるため 5人は仕方なく注意をやめた。 だが散々我慢していたのが 今回このような形で噴火した。 なので今状況を把握した3人は 動揺などしない。 「皆、私を寄ってたかって……」 小さく零すように加藤が 震える声を出した。 「何?」 イラついた態度で吾郎が 答えた。 「もういい……こんな想いするなら死んだ方がよっぽどマシよ!」 次の瞬間、加藤幸がソファから立ち上がり 足早に台所に行き 包丁立てから1本銀色に光るものを取り出した。 「何してんだよ!」 滅多に大声を出さない金原が 事の重大さを悟って リビングに響かせた。 「もういいよ……疲れた……」 目尻から1滴1滴と輝くものが 頬をなぞってフローリングに落ちた。 加藤は手に持った包丁を 自分の胸に向けて一刺ししてしまう。 苦しい表情を一切向けず 清々しく水滴を流す加藤幸は 悪い憑き物が取れたように見え これが運命と言われても 疑わないほどの堂々の死に際を見せて 息を切っていった。 5人はしばらく動くことが出来なかった。 目の前で起こった事が 小説のように非現実的な出来事を 現実として捉えられなかったが 「おいどうする」 すっかり怒りの感情を無くした落ち着いた声で隆介が問いかける。 だが答えはかえってこず 静寂が5人を制するように包み込む。 「芝居を打とう」 少ししてから金原が口を開いた。 そして続けざまに今後の事を 皆に演説するように説いた。 「このままでは警察に俺達が疑われるのは確実だ。そして最悪この家を住めなくなるかもしれない。そうなったら住処を失う。せっかく自分のパーソナルスペースを見つけたのに勝手に死んだアイツのせいで無くすのは勘弁だ。そうだろ?」 言葉に出さず4人は首を縦に振った。 「皆、共通意識を持ってるようでなんか嬉しいよ。大丈夫だ俺に任せてくれ。まず警察を撹乱する用に台本を作る。皆は俺が渡したシナリオとセリフを頭に叩き込んでその時が来たら芝居を打ってくれ。」 いつものほほんとしている金原が 場を仕切って住む場を無くさないように 必死に頭を回転させる姿に 頼もしさを4人は感じていた。 次に金原は凛々しい顔を見せながら 堂々とメッセージを伝えた。 「いいか、必ず俺がお前たちのことを守る。 だから疑わずに着いてきてくれ。 俺達は生まれた場所も違えば 育ってきた環境も違う。 でもここで過ごして育んできた 絆は何よりも強い1本の紐になってるんだ。 だからこの紐を緩ませること無く 1人1人が全員を信じて行動する 必要があるんだ。 真実なんか決して話したら ジェンガのように崩れ落ちて おさらばなんだ。 そんな事は絶対に起こしたくない。 いや、起こさせない。」 より一層目つきに生気がともる金原。 その逞しい人柄に 4人は顔を見合わせて大きくうなづいた。 それは金原の案に乗ったという合図であった。 金原はよし!と自らを鼓舞する一声を 出してから 小さく丸まった岡田に 「警察に通報してくれ。死体を見つけましたと」 岡田は 「分かった」と 加藤の死後初めて喋る声は 自信に満ちたハキハキとしている。 何の迷いも残っていないまるで ベテラン俳優のような顔立ちに 表情を変化させたまま 携帯電話を取り出し電話をかけた。 5人の長い長いドラマをスタートさせる 幕開けが今開かれる。
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