僕が君の傍にいた理由

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大学の食堂へと向かう廊下で、いつも行動を共にする健人(けんと)が嬉しそうに言った。 「明日、11時に駅だよな?すごく楽しみだ」 「え、明日?11時って?」 「えってなんだよ、珠里(しゅり)。二週間前に、明日公開の映画、一緒に見に行こうって約束しただろ」 僕は目線を上に向けて首を傾げる。そして「あ!」と叫んで、健人に両手を合わせて頭を下げた。 「ごめんっ。すっかり忘れてた。忘れてバイト入れちゃった…」 「はあっ?なんでだよっ!おまえも楽しみだってはしゃいでただろうがっ」 「まあそうなんだけど…。今週に入って急にシフト変わってって頼まれて。何も予定ないつもりでいたんだ。じゃあさ、ほら、おまえの高校から一緒のあの子。かわいい顔の。あの子誘ってみれば?」 へにゃりと笑いながら健人を見た。 健人は、今にも泣きだしそうな顔で僕を見ていた。 「もういい…。俺も行かない」 「えっ、なんでっ?あの子を誘えばいいじゃん」 「いい。俺はおまえと行きたかったんだ」 「なんで?」 「なんでって…好きだからに決まってんだろっ!」 「……え?」 ウソ?ホントに?ヤバい。顔がにやける。せめて一番の仲のいい友達でいたいと頑張っていたけど。それ以上のことを求めてくれるの? 僕を置いてスタスタと行ってしまう背中を慌てて追いかける。 「待ってっ。やっぱり明日映画行く!」 「はあ?バイト入ってんだろ」 「休むっ。病気だってズル休みして、おまえと映画に行く!」 「…もういいよ」 「忘れてたのは悪かったっ。ごめん」 「………」 ちっともこちらを振り向かない背中に向かって、大声を張り上げる。 「だからっ、ごめんってばっ!」 近くにいた数人が、驚いたように僕達を振り返る。 健人も勢いよく振り返ると、素早く僕の前に来て手で口を塞いだ。 「声がデカいって!なんだよ。なんで急に行くって言ってんの?」 「だって、初めてのデートだもん。行きたい」 素直に心の内を吐露した。一番の親友という立ち位置で満足していたけど。まさかの言葉をもらえた。 僕は満面の笑顔で健人を見つめる。 目が合うと、健人の顔が一瞬で赤く染まった。 翌日、僕は三十分前には待ち合わせ場所の駅に着いた。ウキウキとしながらコンビニに入り小腹が空いた時のチョコを買う。 「アイツも食べるかな?いや…食べないか。甘いもの食べてるとこ、見たことないもんな」 スマホで会計を済ませて、独り言を言いながらコンビニを出る。少し離れた待ち合わせ場所に健人の姿を認めて、走り出そうとして踏みとどまった。 「あれは…」 健人が誰かと話している。あの横顔は見覚えがある。あっ、あの子だ。かわいい顔の、健人の高校からの友達だ。 なんだ…僕と行きたいと言ったくせに、結局あの子も誘ったんだ。なんだ…僕と二人きりじゃなくてもよかったんだ。…でも、たまたま会っただけかもしれない。どうしよう。声を掛けてもいいのかな。 そう思って歩き出したけど、目の前の光景を見て、僕はその場を逃げ出した。 走って走って、小さな公園に入った。ベンチを見つけて座り、俯いてハアハアと呼吸を落ち着かせる。心臓の音がうるさい。 なにあの子、明らかに僕に気づいてたよね?わかってて健人の頬に唇が触れるくらいに顔を寄せて、何かを囁いていた。健人も嫌がる素振りもなく笑ってた。なんだよ、お似合いじゃん。僕、邪魔者じゃんか。どうしよう…もう帰ろうかな。 しばらくぼんやりとしていた。 公園の中に植えられた花が、小さく揺れている。かわいい花だな。なんて名だろう。花なんて、桜とかバラとかチューリップしかわかんないや。 「あれ?おまえ確か同じ大学の…」 ふいに声をかけられて顔を上げる。上げた拍子に、ポロリと涙が頬を滑り落ちた。慌てて涙を拭うけど、一度流れ落ちたせいか止まらなくなった。 「ごめんっ…」 こんなの見せられたら困るよね…僕のことはほおっておいて…。 そう言いたいのに、喉がつかえて上手く言葉が出てこない。 するといきなり、ふわりと抱きしめられた。驚いて動けない僕の背中を、優しく、でもしっかりと抱きしめてくれる。 「あの…っ」 「いいから。おまえ、健人のツレの珠里…だよな?健人から話は聞いてる」 「僕のこと知って…?僕も…君のこと、(つかさ)くんのこと、知ってるよ…」 「くんはいらねぇ。同学年だろ」 「うん…」 しばらく無言で抱きしめられて、涙が止まった。もう大丈夫と言おうと顔を上げると、目が合った。合った瞬間に掌が目が細めて、指で僕の目の下を撫でる。 「ふっ、赤くなってる。鼻水も出てんじゃね?」 「えっ?あっ、ごめん!服汚しちゃった…」 「いいよ。洗えば済むし」 「でも汚いよ…」 「別に汚くねぇ。珠里のなら大丈夫だ」 「え…」 それってどういう意味?キレイなアーモンド型の目に見つめられて、ドキドキする。 僕はゆっくりと掌から離れた。そして二人で同時に立ち上がり、改めて礼を言う。 「慰めてくれてありがとう。嬉しかった。それに掌は…いい匂いがするね」 「ははっ!なんだそれ。変態発言じゃね?」 「ええっ?褒めてるんだよっ」 「わかってるって。珠里もいい匂いがした。俺の好きな匂いだ」 「…なんか掌が大学でモテてるの、わかる気がする」 「なんだよそれ」 掌の笑顔が眩しい。掌は健人のいとこだ。でも全く似ていない。健人は柔らかい雰囲気だけど、掌は冷たい雰囲気だ。でも、彼が優しいことを知ってた。そして今、本当に優しかったんだと身を持って知った。 掌を見上げて、ぼんやりとそんなことを考えていると、掌が服の袖で僕の顔を拭き始めた。 「んぅ…ありがとう」 「悪ぃ。こすったからちょっと赤くなった。ところでもう家に帰るのか?」 「…うん」 僕の予定は無くなった。だから家に帰ろうと思う。俯く僕の頭に、掌が手を乗せる。 「じゃあさ、俺と遊んでよ」 「え?だって予定があるんじゃ…」 「もう終わった。だからつき合ってよ」 「いいけど…」 「珠里!」 いきなり呼ばれて掌の背後を見る。 健人が、すごい勢いで走ってくる姿が見えた。 僕は大きく身体を揺らして、掌の服を掴む。 掌が僕を背中に隠して、健人と向き合う。 「掌!こんな所で、珠里と何してんだよ!」 「は?俺が何してようが勝手だろ。おまえこそなに?珠里になにしたの?」 「どういう意味だよっ」 「珠里、泣いてたんだけど」 「…え?珠里、まさかあれを見て…?」 僕は掌の服をしっかりと掴んだまま、掌の背中から少しだけ顔を出した。 「健人…僕にウソつかなくていいよ。あの子…優希(ゆうき)くんだっけ?優希くんのことが好きならそう言ってよ」 「違う!あれは優希が勝手に近づいてきてっ」 「健人、嬉しそうな顔…してたじゃん。だから…」 「違うって!」 「ダメだよ…そんな言い方したら。ほら、優希くん来たから、ちゃんと話して」 「え?」 健人の後ろから、優希くんも現れた。きっと健人を追いかけて来たんだ。それだけ健人が好きなんだ。だって優希くん、すごく泣いてる。 「もういいだろ。おまえはアイツとちゃんと話せ。フォローもしてやれ。珠里、行くぞ」 「待てよ!二人でどこ行くんだよっ」 「おまえには関係ねぇ」 「珠里!」 僕は掌にしがみついたまま、追いついた優希くんに声をかける。 「優希くん、健人と話し合って。僕は邪魔しないから。言いたいこと、全部話して」 「珠里くん…ごめん。いじわるしてごめん」 「大丈夫だよ」 また泣き出した優希くんに、健人が慌てている。 僕と掌は、二人を公園に置いて歩き出した。 掌が僕の手を握りしめている。 「ねぇ…」 「なに?」 「これ、見られてもいいの?」 「ん?ああ、いいんじゃねぇの。嫌?」 「ううん、嫌じゃない。安心する」 「じゃあこのままで。なんか腹減ってきたな。なに食いたい?」 「んー…オムライス?」 「ふはっ!予想通りの答え」 「可笑しい?」 「いや、かわいい。俺さ、前から珠里のこと、ずっと見てた。知らなかった?」 「知らなかった…。ホントに?」 「マジ。俺とつき合わねぇ?」 「僕、わがままだよ?」 「いいぜ。なんでも言うこと聞いてやる」 「すぐ泣くよ?」 「知ってる」 「それに…寂しかったら死んじゃうよ?」 「ウサギかよ。寂しくなんかさせない。甘やかせてやる」 「ふふっ、ありがとう。でも少し考えさせて…」 「おう。いい返事期待してる。じゃあまずはオムライス食って、映画観て夜の公園でチューな」 「チュー…するの?」 「だってそれまでには返事くれるんだろ?」 「強引だね」 「よく言われる」 「ふふっ」 掌と話してると楽しい。僕は嬉しくなって、跳ねるように歩いた。 それを見た掌が「マジもんのウサギだな」と声を出して笑う。 僕も笑っていると、ズボンのポケットでスマホが震えた。 オムライスの店に入り、掌がトイレに行ってる間にスマホを確認する。 メールが一通。優希くんからだ。 【珠里くん、どう?掌くんと上手くいった?僕の方も、健人とつき合うことになりそうだよ。珠里くんのおかげ。ありがとう】 そっか。優希くんも上手くいったんだ。よかった。 僕は健人のことを好きじゃない。本当に好きなのは掌だ。でも掌はノーマルだから、まずは僕のことを覚えてもらうために、同じクラスの健人に近づいた。健人が僕を気に入るように仕向け、僕は健人を好きなフリをした。態度だけではなく頭の中までフリをした。健人の口から掌に僕のことを話してもらうために。掌の気を引くために健人と仲良い場面を見せつけたりもした。 ただ、健人が僕のことを恋愛対象として好きになるとは思わなかった。本気で好きになられて困った。だから健人のことが好きな優希くんに声をかけた。お互いのために協力しようと。 今日、あの時間に掌が駅に来ることを知っていた。バイトが終わって帰る時間だから。僕を追いかけてくれるだろうことも予想していた。 結果、僕は掌の気になる人になれた。優希くんは、僕に振られて傷心の健人の心に入り込めた。ずいぶんと時間のかかることをしたけど、満足だ。 まあ、僕と優希くんはグルだったんだよなんて告白、死ぬまでしないけどね。 僕は今、すごく悪い顔で笑っていると思う。すぐにメールを削除して水を一口飲む。そして誰からも優しいねと言われる顔に戻すと、トイレから戻ってくる掌にとびきりの笑顔を見せた。 (終)
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