小田原わくわくランド

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小田原わくわくランド

動物園の朝は早い。 もちろん、夜行性の動物と朝日と共に目覚めるものは居住区域を別にして飼育してはいるものの、どこかの棟で発生した鳴き声は次々と他の棟にも伝播して行き、様々な生き物達の一日の始まりを告げる。 平成31年の五月のGW最中、神奈川県小田原市にある動物園 「小田原わくわくランド」 は、他のレジャー施設同様、通常の五倍程の客入りを見せた。 当然、飼育員、スタッフ、出入り業者は目を回す程の忙しさを余儀なくされたのだが、五月も下旬に入ると客足も普通に戻り、一体、あの忙しさは何だったのか?とした空気が園内に漂っていた。 わくわくランドに入って入社三年目となる村岡絵美は、今日も一人暮らしのコーポから、原付自転車で職場へと向かう。 絵美は県下の人事委員会が行う採用試験を受け小田原市郊外にある小田原わくわくランドに採用された。滅多に採用枠がない事から、倍率は高くなる一方の試験に合格したのも、高校時代、友人の誘いを断り、一人図書館でテキストを広げコツコツ勉強に勤しんできたという事が少なからず影響しているのかも知れない。 動物園に採用され、始めの一年間は先輩社員の車に同乗させてもらい通勤していた絵美だったが、流石に二年目は気が引け、格安で手に入れた原付自転車で通っていた。   朝、八時に園に着くと事務室でタイムカードの打刻を行い動物舎へ向かう。 担当しているワオキツネザルは狐ザルの一種で体長40㎝の体に、白と黒の輪が交互に並んだ60㎝の尾を持つ。尾の部分の白と黒の縞柄が特徴的な事から輪尾キツネザルと呼ばれる。主にマダガスカル島南部に生息しており、夜行性ではない。樹上で、果実や木の葉などを採食し生息しており、猿というよりは寧ろ、アライグマに近い愛らしい外見をしている。 動物舎のドアを開けると広めの飼育室があり、高い位置には換気の際、電動で開閉できる窓が設置されている。 絵美はいつものように天井に埋め込まれたLED灯を点けると、動物達に声を掛けながら、室内に目を行き渡らせた。 「おはよう、リズ。今日はいいお天気だからお客さん、大勢来るよ。ミキティは、おしっこ終わったの?今、お水取りかえるからね」 絵美はそう言いながら、全てのワオキツネザルに目を配る。 その中でも絵美が一番気にかけているのは、他の動物園から、少しでも気候が温暖な所で過ごさせたいという要望でわくわくランドへ転園してきた高齢のもえだった。 他はマモル、ヒミコ、小鉄、愛の四頭で絵美は現在、一人でこの七頭を見ていた。 個々のサル達の名前と顔の判別は、担当となった当初、全く見分けがつかず大変だったが、二ヶ月経った頃から徐々に区別出来るようになり、よりサル達への親近感が増した。以前、絵美は動画配信で上野動物園でのワオキツネザル達への給餌シーンを見たことがあり、その動画の中ではワンオペで二〇頭以上のワオキツネザルの給餌が為されていた。その様子はさながら争奪戦で 「あれに比べたら私が担当している七頭なんて可愛いもの」 という思いを絵美に抱かせた。 この先、絶滅危惧種となっているワオキツネザルの繁殖の為、ここからサル達を外に出すのか、あるいはその逆なのかは定かではないが、担当飼育員一人で回している現時点においてはそれもまず無理だろうと思われた。 絵美が起き出したサル達を給餌の為、寝室から飼育室へと移動させると、皆、数ヶ所に置かれている果実や蒸したサツマイモを目指し、思い思いの場所で食べ始めた。 「お水も新しいのに替えたから飲んでね」 その言葉を理解しているはずもないサル達ではあるが、皆、水の入ったボゥルに顔を近づけ、ぴちゃぴちゃと音を立て、舌先で水を掬い取るようにして飲んでいく。 オランウータン、ゴリラなどの類人猿は知能指数が高く、不慣れな新人の飼育員をからかったりするとも聞く。 それでも、ここにいるサル達は絵美にとっては我が子同然で、普段彼らに水の入ったボゥルを床にぶちまけられたりしても、決して怒らず悠然と片付けて見せる事ができた。
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