躍る屍影は、ただの幻影

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305  あれからしばらく時間が経ったが、会長達の口論は堂々巡りになっていた。  水を掛けてしまったらしい生徒は、足を滑らせて転びかけたと主張し、その上毬藻くんへ謝罪の言葉を掛けている。  一方生徒会側は、生徒が故意に毬藻くんに水を掛けたと主張し、萎縮する生徒を威圧的に問い詰め続けている。 「先程から転びそうになったと発言していますが、腕だけ転ぶことなんてあるのですかね? あなたの身体が傾いたようには見えませんでしたが!」 「俺様の手に掛かれば、お前を退学にする事くらい容易なことだ。そのことを忘れるなよ?」 「っ・・・そんな・・・・・・・!!!」  怒りで感情的になっているのか、生徒会役員としての立場を利用して圧力を掛けていた。  それは風紀委員会の"専権事項"に関する問題であり、他の生徒には許可されていない行為だ。  丁度よく介入する名目が出来たので、生徒と生徒会役員の間に割って入る。 「生徒会役員の皆さん、役員としての立場を利用した一般生徒への脅迫はご遠慮ください。生徒会に懲戒処分を決定する権限はないはずですよ」 「神界・・・・・・」 「執行役員様・・・・・・!」  会長の目が大きく見開かれ、生徒が俺の背後に隠れて服を掴んでくる。  あれ、庇うために来たわけでは無いんだけど・・・傍から見たら庇っているように見えないかな? 「あなたまさか、その生徒を庇うと言うんですか・・・!? どう見てもあれはわざとです!」 「俺からも証言しよう。あいつァ絶対に最初から結弦を狙ってたぞ?」 「蓮ちゃんは優しいから分からないかもだけど・・・悪意があったと思うよ〜?」 「あっ・・・た・・・・・・」  うーん、やっぱりこうなったか。庇ってる訳じゃないんだけどね。  適当に笑みを浮かべながら考え事をしていると、背後からくすくすと笑い声が聞こえてくる。 「くくっ・・・墓穴を掘ったなッ・・・・・・」  振り返ると生徒は俺の背中に顔を埋めて、匂い嗅ぎながら笑っていた。  次第に服の中に手が入って来て、背筋の辺りを撫でられる。  気にしたらいけないんだろうけど、ゾワゾワして変な声が出そうだ。 「そ、の件は・・・謝罪が済んでいるはずです。故意に水を掛けたという証拠はありませんよね?」 「うっ・・・それは・・・・・・そうです! 周囲の方々が目撃していたはずですよ!」 「これだけ人が居るんだ。俺様以外にも見てた奴が一人や二人居るだろう?」 「「・・・・・・・・・・・・・・」」  会長が周囲に視線を向けると、周囲にいた生徒達は沈黙を保ったまま顔を逸らした。  想定外だったのか、生徒会役員の皆さんの顔に動揺の色が見える。  結論は出たが、念の為生徒達に確認する。 「皆さんの目には、故意に掛けたように見ましたか? それとも、足を滑らせた先にたまたま人が居ただけの事故だったのでしょうか?」 「「・・・・・・・・・事故だと思います・・・!」」 「足を滑らせて転んだだけに見えました!!!」 「はっ・・・?」  いつも生徒会に肯定的な親衛隊の集団が、真っ先に反応した。会長が気の抜けた声を上げる。  俺の耳には明らかにわざとだったと主張する声も聞こえたが、親衛隊の声に押し消されたようだ。  周囲から俺に向けて様々な意見が集まってくる。 「執行役員様! たしかに足を滑らせて、その結果水が掛かってしまったのは事実かもしれませんが、退学にされるほどのことなのでしょうか?」 「事故を事件として執拗に追求してくる、生徒会側に問題があるのでは!?」 「証拠も無いのにわざと掛けたなんて、そんなのが通用したら全員退学になってしまいます!!!」 「いくら転校生が大切とはいえ、一般生徒に冤罪をつけて八つ当たりするなんて酷いです!!!」 「今生徒会役員の皆様が追求しているお方は、ずっと皆様のことだけを一途に想って、親衛隊を支えてきた方なんですよ!?」 「みんなが転んだのを見たって言ってるのに、わざと掛けたなんておかしいですよ・・・・・・」 「どうか正しいご判断をお願いします。蓮様」 「執行役員様は僕達生徒の味方ですよね!?」 「「公正な判断をお願いします!!」」 「・・・・・・・・・・・・」  衆寡敵せずという言葉もあるが、  ※少数では大数には敵わないという意味。  こういった場面においては、最適な手法なのかもしれない。  生徒の反発をここで買ってしまえば、風紀委員会の信用問題に関わってくる。  証拠があれば正当性を主張出来るが、現段階ではそういったものも無いので、風紀委員としてもこれ以上追求することは出来ないだろう。  俺は笑みを浮かべて、生徒達を見た。 「たしかに皆さんが仰るように、今回の件に関しては客観的、物的証拠がありません。謝罪も済んでいるみたいなので、ひとまずはこれにて本件を解決済みであると"個人的"には認識させていただきます」 「「!!!」」 「朝比奈結弦くんと生徒会役員の皆さんには話がああります。俺に着いてきてください」 「「・・・・・・・・・・・・・」」  生徒会役員の皆さんに視線を送るが、返信が無い。動くつもりはないみたいだ。  この手はあまり使いたくなかったんだけど・・・・・・これ以上ここに居たら、きっとまた問題が起きるだろうからね。  俺はホールに向かって歩くと、途中で足を止めて笑みを浮かべながら振り返った。 「ああ、言い忘れていました。俺は今"執行役員"として、生徒会に対して同行を命じています。この意味をご理解いただけますと幸いです」 「「・・・・・・・・・・・・」」  遠回しに拒否権が無いことを伝えると、皆さんは無言で俺の後を着いてきた。  背後から、睨まれているのを感じる。 「・・・・・・・・・・・さて、」  ホールから出て、扉が閉まるのを確認すると、俺は生徒会役員の皆さんを見渡して苦笑した。
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