第1話 新生活

1/1
前へ
/97ページ
次へ

第1話 新生活

 目が覚めたら、まだ春も浅い頃なのに汗びっしょりになっていた。既にカーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。僕は慌てて枕もとに置いたスマホを手に取った。  ――――ああ、よかった。まだ7時だ。  あたりを見回す。未だ馴染みの薄い壁にカーテンと天井。僕は十日ほど前、ここに越してきたのだけれど、いまだに他人の家のようだ。  ワクワクの大学生活が始まっている。今朝もそんな胸躍る朝のはずだったのだが。  ――――全く妙な夢見たな。なんだあれは。信永? 本納寺かよ。  戦国時代、織田信永公が、自分の家来の一人である明知光英に本納寺で急襲されたのは有名な史実だ。その最期、『人間五十年』を舞ったとかどうかは定かではないが。  ――――別に歴史オタクでもないのになあ。中学生くらいのときにやってた大河ドラマで見たことがあるくらいなんだけど。  妙に白熱した夢だった。炎に包まれたからか、新しいスウェットが汗で濡れてしまった。ただ、目覚めて覚えていたのは『本納寺の変みたいな状況で炎に包まれ逃げてた』ことだけで、なんでそこにいたのかとか、誰といたとか思い出せない。  そのぼんやりとしていた状況も、朝飯のトーストを食べてるうちにすっかり忘れてしまった。  僕の名前は花宮佳衣(はなみやけい)。理系の大学一年生だ。地方出身で大学近くのアパートに一人暮らしを始めたばかり。身長175センチでやせ型。スポーツ全般得意じゃないし、外に出るより断然インドア派だ。  まあ、そのせいで色白のうえに表情が乏しいからか、日本人形みたいだと言われたこともあったな。  色々と煩わしい実家から解放され、自由な大学生活を満喫するため、砂を噛むような味気ない受験生時代を駆け抜けた。僕はどこにでもいる、ごくごく普通の学生なんだ。  特別じゃなくていい。平穏で楽しい大学生活。恋も夢もほどほどの、平均的な日々が送れればいいと僕は思っていた。
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

126人が本棚に入れています
本棚に追加