第92話 水無瀬冬真の場合

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第92話 水無瀬冬真の場合

 ――――大丈夫。なにも恐れることはない。 『恐れているのは、死ではありません』 『必ずあなたを見つける。あの世でも来世でも』 『何百年、何千年先でも?』   『もちろん。必ず探し出します』    水無瀬冬真は日々の修行の一つとして、鍛錬の最後、精神統一の瞑想を行っていた。  その声をはっきりと聴いたのは高校2年生の夏。邪念かと思い振り払うがままならず、いつしかその様が見えるようになった。  なぜかあたりは煙が蔓延しており、炎が迫っているのも感じた。熱さと息苦しさを覚えながら、不思議にも頭の中は澄んでいたという。  自分の目の前ですがっていたのは、世にもまれなる美しい青年だった。結われていたはずの黒髪はほどけ、真っ白な肌は煤や血で汚れていたが、輝くような瞳で自分を見つめている。  男の言葉もしっかりと聞こえたが、自分が発したものではない。けれど、その男の燃えるような心の内はすんなりと入って来た。  ――――私は、この人を探すために生まれてきたのだ。  心の中に、そんな確固たる思いが生じたのは、3度目にその様子が現れた時のことだ。初めは自分の妄想かもと疑った。冬真だって妄想することはある。だが、明らかにそれとは違う。自分で全くコントロールできないのだ。  3度目に見たのは同じ2年生の冬だった。冬真は決意した。この人を探す。必ず見つけて、彼らの願いを叶えよう。そう決意した日から、この不思議な現象は2度と起こらなかった。 「私は、だから瀬那の名も、真豪の名も知らなかったんだ。知っていたのは、彼の顔だけ。つまり、ケイ、君の姿だけだった」  新幹線では、差しさわりのない話だけに留め、僕は心臓を躍らせながらアパートまで帰って来た。ようやく話が核心に触れたのは、夏の日が暮れて星降る夜が訪れてから。 「そうか……だからあの時、『ようやく会えた』って言ったんだ」  僕らは今、冬真の部屋のソファーに並んで座ってる。少しずつ距離を縮めた間隔は、既に足と足がくっついて、肩もふれあうくらいになった。  僕はそっと冬真の肩に頭を預けてみる。冬真の息がかかると同時に、額に唇が触れた。 「まさかと思った。信じてたけど。でも、本当にまさかと……」 「他人の空似って思わなかった?」 「思わない。私はついに、願いを叶えたのだと、確信した。けれど……」 「けど?」  冬真は僕の手に触れ柔らかく握る。 「人違いって言われて傷ついた」 「あ……」  僕は頭を傾げて冬真を見た。口の端に笑みを湛えて、冬真は僕の頭を肩に再び乗せた。 「当然、ケイも私のことを探していると思ってたんだ。私を待っていてくれてると」 「うーん。僕は……おかしな夢を見てただけだよ。しかも、真豪の顔は見れなかった。ついさっきまで」  冬真は茶碗のことも知らなかった。いや、それどころか、自分と相手がどの時代の何者かもわからなかったんだ。ただ、僕の面影だけを頼りに。  体が熱くなる。それは、あの真豪が冬真にかけた魔法なのか、それとも呪いか。440年の時を経て、冬真の心に宿った。生まれ変わりなんて、あまりに使い古された言葉だけど、今は信じてしまう。  握られた手を僕はぎゅっと握り返した。少しだけ汗が滲んでいた。
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