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「そんじゃあネタ作りしますかー」 駅前の古い喫茶店で、枚岡と新田は四人掛けの席でルーズリーフを広げた。二人は近くの高校に通うニ年生だ。枚岡はサッカー部の練習後だが、新田は部活に所属していないため、ぼんやりとグラウンド外のベンチで枚岡の練習風景を眺めながら彼を待っていた。 「枚岡くんごめんね。アイスティー奢ってもらって」 「いいって。お前金ないんだから。でもまたバイト始めたら、今度は奢れよな」 「うん……」 新田は去年の秋から、放課後に地元で居酒屋のホールスタッフをしていた。だが他の仲間たちに馴染めなかったのと、他の従業員にはない店長の当たりの強さが嫌で、半年ほどで辞めてしまっていた。 枚岡は、去年のミスターコンクールでグランプリに輝いた見た目の良さと明るい性格で、男女問わず友人の多い生徒だ。 SNSのフォロワーも多く、校内のあらゆる生徒たちの画像には、しょっちゅうこの男が写り込んでいる。街角で声をかけられたとかで、最近はサロンモデルもしており、髪色もヘアスタイルも他の生徒よりずっと垢抜けていた。 対して新田は、誰のSNSにも登場することのない地味で物静かな少年である。 団子鼻に細い眼。身長はそれほど伸びないがどんどん巨大化していく丸い体。髪は幼少時から通う近所の床屋で、真っ黒な剛毛が膨らんできたらようやくその面積を抑えるカットをしに行く程度だ。 テカテカの額に星空のように広がる赤くて痛いニキビが、もっぱらの悩みである。メガネのが歪んで傾いていたのは、枚岡に注意されて最近ようやく直しにいった。 しかし彼が輝かしい青春に恵まれないのは、その見た目というよりも、暗く沈んだ雰囲気が漂っているのが原因だ。奥手で、課題の発表などで人前に出ることは何よりも苦痛だ。声も小さく運動も苦手。大きな身体でいつも下を向いているような、内気で引っ込み思案な性格。友達は出来づらかった。 居酒屋の店長が言っていた。 『どこかでクワっと変わらないと、お前は一生つまんない人生を歩むことになるぞ』と。 そんな二人が、この寂れた喫茶店を訪れ、これからネタ作りをしようというのだ。なぜかといえば、彼らはお笑い芸人になりたくて、これから配信をするためのコントを作りたいからである。 なぜ芸人になりたいのかと言うと、自分たちもお笑いが大好きで、好きな漫才やコントは何度でも繰り返し観てしまうほど、没頭できるジャンルだからである。 そしてなぜこの正反対の彼らが組んだかといえば、新田が昼休みに動画サイトで観ていたある芸人のコントをチラリと見かけた枚岡が、自分もこのコンビが大好きなのだと話しかけたことから、会話が弾んだのがキッカケであった。 それから時々は二人の唯一の共通の話題としてお笑いの話をするようになり、やがて「お笑い芸人になってみたい」という気持ちが合致し、枚岡の誘いで「じゃあ目指そう」ということになったのだ。 ー「あ、そうそう」 まだ真っ白なルーズリーフを前に、枚岡が思い出したように言った。 「そういや新メンバー入れようと思って」 「へ?新メンバー……?」 あまりにも唐突な提案に、新田の直したばかりのメガネも心なしかまた傾いたように見えた。 「トリオの方が色々やることの幅が増えて、いいと思うんだよな」 至ってシンプルな理由だ。だがコンビとトリオではネタの内容も大いに変わってくる。まだ作ってはいないし考えついてすらいないので、内容も何も無いのだが。 「それはそうかも知れないけど……誰なの?クラスの人?」 「いやC組の人」 「C組?僕、知ってるかな」 「東海林さんだよ」 「え?!」 思わず素っ頓狂な声をあげ、カウンターで新聞を読んでいた老年の男がチラリとこちらを振り返る。 「……なんで?」 新田は困惑した。東海林さんといえば、自分で勝手に「あの人、女版の僕だなあ」と認定していた人物だからである。つまり自分と同じように芋臭くてまったく垢抜けない女子で、彼女もまた誰かと連れ立って歩いているところを見たことがない、孤独な生徒であった。 「枚岡くん、東海林さんとも仲良いの?接点とか……」 「いや無いけど。わけわかんない3人組って感じで、芸人としてはいいと思うんだよな。あとトリオに女がひとりって、まあまあ新しくない?あんま居ないっしょ、たぶん」 「いやでも……バランスが相当……僕と枚岡くんの凸凹感で充分な気がするけど……」 「いやパンチ弱いって。だってそんなコンビ死ぬほどあったじゃん昔から」 「そうだけど……じゃあ、僕たちこれから"ひらおかしんでん"じゃなくて、何て名前になるの?」 「そのまんま"ひらおかしんでんとうかいりん"かな」 「ええ〜〜変えようよぉ!長いよさすがに」 「そのうち変えれば良くね?とりあえずよく読み間違えられる苗字の三人が集まるんだし、しばらくは覚えてもらえるようにこの名前でいいじゃん」 「東海林さんって、とうかいりん以外で読み間違えられるの?」 「普通はアレで"しょうじ"って読むんだよ。俺のバイト先に居る」 「え、しょうじ……?漢字三文字で?そうなんだ、すごい苗字だね」 「とりあえず東海林さんには昨日話つけてOKもらえたから、新田が良ければ加入ってことで」 「東海林さん、OKくれたんだね……」 「意外にノリ良いのかもな」 こうして新メンバー不在のもと、ひらおかしんでんは今この場で【ひらおかしんでんとうかいりん】となり、三人でやれそうなコントのネタ作りを開始させた。だがほとんどが好きなコントのパクリともいえる内容で、自分たちでイチからネタを生み出すことは、課題のレポートなど比では無いほどの難しさなのだと、少年たちは早くも壁にぶち当たった。 それぞれ門限にはさほど厳しくないが、夜八時を過ぎると耐えきれない空腹に襲われたので、結局その日はゼロのままお開きとなった。しかし創作意欲に妙な火がついて「また明日同じ時間に集まろう」ということになった。もちろん明日は件の東海林さんも交えてのネタ作りとなる。
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