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二階建てアパートの一階角部屋。新田一家が四人で住まう家だ。 靴を脱いですぐに、色とりどりのダイレクトメールや、使わないのに取ってある紙袋の山をぐしゃぐしゃと踏み潰して部屋に向かう。 制服を脱ぐと、そのまま自分の布団の上に放り投げた。そして下着姿のまま炊飯ジャーを開けて中を確認し、ストックしてあるレトルトカレーのパウチをレンジに放り込んだ。 ようやく「ただいま」と言ったのは、一日中寝ていたであろう義父が、トイレに向かう際に目が合ったからだ。 「おかえり」と掠れた声で小さく返される。よれたTシャツを灰色のパジャマズボンに突っ込んだいつもの格好の後ろ姿を見て、早く出てけよと言いたくなった。 自分たちがこの男の苗字を名乗っていないのは、母と内縁状態にあるからだ。この冴えない中年男とは、五年以上この狭い部屋で同居しているにも関わらず、本当に会話らしい会話を交わしたことがない。 暴力や暴言などを浴びせれることは無いが、とにかく何も接点が無いので、もはや義父とも言えない赤の他人である。 どこかの厨房でバイトはしているようだが、週の半分ほどしか働いている様子がないから、ただの金食い虫同然の存在。この家の生活費は事務仕事をしている母の給料が頼りだ。早く新しいバイトをしなきゃと思うが、誰にも会わずに済むバイトは高校生ではそう簡単に見つからない。チン、と鳴るのと同時にため息をついた。 先程からソファーに寝そべって、ずっと誰かと通話をしている中学二年生の弟は、中途半端にグレている。恐らく今日も学校に行かなかったのかも知れない。 中途半端な明るさの髪色に染め、痛いのか痛くないのかよくわからない中途半端な位置にピアス穴を開け、中途半端な本数が残されたタバコの箱が子供部屋の隅にずっと転がったままだ。一年のときにバスケ部の練習の厳しさに耐えかねて辞めてから、徐々にこういう方向性へ進んでいくようになったらしい。 (これ食ったら宿題して、動画見てネタの勉強して、もしやる気になったらネタの続き考えよ) 正直なところ、芸人としての明確なビジョンなど何一つ見えていない。自分があの枚岡と組んでお笑いの真似事をやり、なおかつそれを配信する?クラスの皆や中学時代の友人たち、かつてのバイト先の人々がそれを観るというのか?冷静に考えて、例えばもしも滑ったら次の日から学校には行けない。近所すら歩けないかもしれない。枚岡は何をしてもある程度誰かが笑ってくれそうだが、自分はその笑いの足を引っ張る荷物になりそうだ。 ダンスはもちろん、滑らかな動きができるわけでもないし、大きくハキハキと声を張って話したこともない。運動神経が悪いなら悪いなりの面白い動きを編み出せればいいが、そんな恥ずかしいことをできる勇気やセンスがない。 どちらかと言うなら、動きの少ないシュール系のコントや漫才の方がとっつきやすい気はする。演技力も必要だが、みんなを笑わせられるような馬鹿げた面白い動きをするよりはまだやれる可能性は高い。だが……シュール系のネタなど、到底考えられそうにない。半分ドラマのようだし、オチも笑えるというよりは「なるほどそういうことか」と感心するような、お笑いというよりも、笑える要素の多いちょっとした短編小説のようなモノがメインだろう。現国のテストで読解力を試される問題がことごとく苦手な自分には、まったく向いていなさそうだ。 カレーとポテトサラダを食べ終え、デザートの珈琲ゼリーに手をつけようとした頃、義父がゴソゴソと着替えだし、「ちょっとお母さんと出てくる」と、まだ帰宅していない母を迎えに行った。 そのまま車に乗せて帰ってくるわけではなく、いつものように彼らはそのままどこかで外食をしてくるのだろう。 バタンと閉まる玄関を見て、新田は思う。 明日の放課後が待ち遠しい。枚岡とゆっくり話したいし、まだよく知らないが東海林とも話してみたい。この先どうなるかわからないが、今だけは自分たちは仲間なのだ。 この部屋を綺麗さっぱり掃除すれば、こんな時間でも彼らを招けるかもしれない。だが綺麗にしたところで、あまりにも狭くて恥ずかしい。小さなリビング以外には二部屋あるが、一つは親たちの寝室なので、自分たち兄弟はいまだに同室だ。 いっそのこと親たちにはこの家から出て行ってもらい、ここが子供だけで住む部屋になってしまえばいいが、そうなると弟の厄介な仲間たちの溜まり場にもなりかねない。 やはり必死にバイトをして、せめて高校を出たら即座に一人暮らしができるほどの金を蓄えておくべきだ。新田はお笑いの勉強をする前に、しばらくログインしていなかった求人サイトを開いた。
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