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「東海林と申します」
低い声で、彼女は無表情に簡素な挨拶をした。
「よろしく……新田です」
「知ってますよ」
「あ……どうも」
「ほらほらー、見合いじゃねんだから、明るく行こうぜ!」
「う、うん……。ていうか枚岡くん、アイスティー、二人分もいいの?今日はさすがに払うよ」
「今日払ったら明日から来れねえべ?お前はとりあえず速攻でバイト探せ。そんで来月からもうちょい何か食いながらネタ作ろうぜ」
「……ごめん。ありがと」
「枚岡さん、私、本当にお小遣いありますんで」
「いいよ、今日は新人歓迎会だから。でも明日からは東海林さんは自腹でよろしく」
「そうですか……感謝します」
「東海林さんは、アルバイトとかは……」
「親が厳しくて……ハイ。この年齢にも関わらず、幼い子供のように過保護な親なのです」
「へえ……うちとは正反対だ」
「東海林さんてちょっとお嬢様っぽい雰囲気あるもんな」
「えっ?……お嬢……そうかなあ」
「お嬢様と呼ばれるような立派な家柄ではありません。ごく普通のサラリーマン家庭です……ハイ」
「ふうん。よっしゃ、とりあえずメンバー揃ったしやるか。方向性的には、このメンツだし、カオスでシュールな感じでも良いと思うんだけど」
「シュールなネタって、脚本とかかなり難しそうじゃない?」
「脚本か……なんかプロっぽい響きだな。まあとりあえず、昨日一晩考えて、ネタは多少はパクリでもいいかなって気はしてきた。一本一本撮るのに時間かけないで、ポンポンってテンポよく動画作りたいんだよ」
「じゃあネタ考え次第、次々に撮って配信するつもり?」
「そゆこと」
「恥ずかしいなあ……僕にできるかなあ。今さらだけど」
「やんなきゃわかんなくね?出来なかったら違う手を考えりゃいいよ。まずやろうぜ」
「……私も枚岡さんの意見に賛成です」
東海林は物静かなりに意外にも乗り気なのか、あるいは枚岡に惚れているのか、新田とは違いポジティブな反応をした。
「だーよーな!」
「でもまずは、ネタより先に私たちの自己紹介動画を作りませんか?」
「紹介……おお!それいいね!すげえ東海林さん!めっちゃやる気やん」
「自己紹介か……確かに、ネタはすぐに出ないけどまあそれなら……でもどうやって?この場で今それ撮るの?それとも別の場所で?」
「ここではさすがに地味すぎっしょ。なんかこう、草っ原のグラウンドとかでさあ……あそうだ、ちゃんと衣装みたいなのも着て、とりあえずこれからトリオ芸人としてやって来ますみたいな、何かそういう明るい動画にしようぜ」
「お揃いの衣装……」
「まあ適当な色付きのジャージとかでいいべ。それぞれのカラーみたいなの決めてさ」
「私はジャージなら水色がいいです」
「わかった。新田は?」
「僕は……黒とか?」
「新田さんはオレンジがいいかと」
「え、何で?」
「必要以上に明るい色の方が、親しみやすいからですよ。新田さんはキャラ的に近寄り難いですから、明るくて元気な色でイメージの改善をはかりましょう」
似たような東海林にそんなことを言われるとは心外ではあったが、理路整然とした口調も相俟って、ものすごく的確な指摘に思えた。
「東海林、さすがだな。この三人のまとめ役ポジションって感じだ」
早くも枚岡は彼女のことを呼び捨てにし、東海林は仏頂面とも言える真顔ながら、どことなく頬が緩んだように見えた。
「じゃ俺は何色がいい?」
「枚岡さんは白ですね。もう充分に中身が明るいので、奇抜な色にしなくていいです」
「わかった、じゃー俺は白」
「ええと、そうなると……水色、オレンジ、白か。なんかまとまりがない気はするけど」
「キャラに合ってればいいんです。もう赤青黄色で合わせる時代は終わりましたよ」
「そんな時代があったんだ」
「おっけ!じゃ俺が新田の分は立て替えといてやる。東海林さんは自分でジャージ買っといてもらっていい?」
「はい」
「有難いけど……オレンジのジャージなんて売ってるかなあ」
「あるある。よし、そんじゃ日程な。俺ちょっと今週の土日は昼間どっちもバイトだから……できれば晴れてる日の日中がいいんだよな……」
「善は急げです」
「あー、そうだよな。うーーーん……今月いっぱい夜しか空かねえなあ」
「別に無理なら違うロケーションでもいいんじゃない?夜しか無理なら屋内とか」
「私の家は無理ですね。男子二人を連れ込むなんて、親が何というか……」
「俺ん家は友達連れてくと姉ちゃんがクソうるせーんだよな。二人いるけど、どっちも」
そう言って枚岡と東海林が、アイスティーを啜る新田を同時にゆっくりと見た。
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