3

1/1
前へ
/4ページ
次へ

3

「東海林と申します」 低い声で、彼女は無表情に簡素な挨拶をした。 「よろしく……新田です」 「知ってますよ」 「あ……どうも」 「ほらほらー、見合いじゃねんだから、明るく行こうぜ!」 「う、うん……。ていうか枚岡くん、アイスティー、二人分もいいの?今日はさすがに払うよ」 「今日払ったら明日から来れねえべ?お前はとりあえず速攻でバイト探せ。そんで来月からもうちょい何か食いながらネタ作ろうぜ」 「……ごめん。ありがと」 「枚岡さん、私、本当にお小遣いありますんで」 「いいよ、今日は新人歓迎会だから。でも明日からは東海林さんは自腹でよろしく」 「そうですか……感謝します」 「東海林さんは、アルバイトとかは……」 「親が厳しくて……ハイ。この年齢にも関わらず、幼い子供のように過保護な親なのです」 「へえ……うちとは正反対だ」 「東海林さんてちょっとお嬢様っぽい雰囲気あるもんな」 「えっ?……お嬢……そうかなあ」 「お嬢様と呼ばれるような立派な家柄ではありません。ごく普通のサラリーマン家庭です……ハイ」 「ふうん。よっしゃ、とりあえずメンバー揃ったしやるか。方向性的には、このメンツだし、カオスでシュールな感じでも良いと思うんだけど」 「シュールなネタって、脚本とかかなり難しそうじゃない?」 「脚本か……なんかプロっぽい響きだな。まあとりあえず、昨日一晩考えて、ネタは多少はパクリでもいいかなって気はしてきた。一本一本撮るのに時間かけないで、ポンポンってテンポよく動画作りたいんだよ」 「じゃあネタ考え次第、次々に撮って配信するつもり?」 「そゆこと」 「恥ずかしいなあ……僕にできるかなあ。今さらだけど」 「やんなきゃわかんなくね?出来なかったら違う手を考えりゃいいよ。まずやろうぜ」 「……私も枚岡さんの意見に賛成です」 東海林は物静かなりに意外にも乗り気なのか、あるいは枚岡に惚れているのか、新田とは違いポジティブな反応をした。 「だーよーな!」 「でもまずは、ネタより先に私たちの自己紹介動画を作りませんか?」 「紹介……おお!それいいね!すげえ東海林さん!めっちゃやる気やん」 「自己紹介か……確かに、ネタはすぐに出ないけどまあそれなら……でもどうやって?この場で今それ撮るの?それとも別の場所で?」 「ここではさすがに地味すぎっしょ。なんかこう、草っ原のグラウンドとかでさあ……あそうだ、ちゃんと衣装みたいなのも着て、とりあえずこれからトリオ芸人としてやって来ますみたいな、何かそういう明るい動画にしようぜ」 「お揃いの衣装……」 「まあ適当な色付きのジャージとかでいいべ。それぞれのカラーみたいなの決めてさ」 「私はジャージなら水色がいいです」 「わかった。新田は?」 「僕は……黒とか?」 「新田さんはオレンジがいいかと」 「え、何で?」 「必要以上に明るい色の方が、親しみやすいからですよ。新田さんはキャラ的に近寄り難いですから、明るくて元気な色でイメージの改善をはかりましょう」 似たような東海林にそんなことを言われるとは心外ではあったが、理路整然とした口調も相俟って、ものすごく的確な指摘に思えた。 「東海林、さすがだな。この三人のまとめ役ポジションって感じだ」 早くも枚岡は彼女のことを呼び捨てにし、東海林は仏頂面とも言える真顔ながら、どことなく頬が緩んだように見えた。 「じゃ俺は何色がいい?」 「枚岡さんは白ですね。もう充分に中身が明るいので、奇抜な色にしなくていいです」 「わかった、じゃー俺は白」 「ええと、そうなると……水色、オレンジ、白か。なんかまとまりがない気はするけど」 「キャラに合ってればいいんです。もう赤青黄色で合わせる時代は終わりましたよ」 「そんな時代があったんだ」 「おっけ!じゃ俺が新田の分は立て替えといてやる。東海林さんは自分でジャージ買っといてもらっていい?」 「はい」 「有難いけど……オレンジのジャージなんて売ってるかなあ」 「あるある。よし、そんじゃ日程な。俺ちょっと今週の土日は昼間どっちもバイトだから……できれば晴れてる日の日中がいいんだよな……」 「善は急げです」 「あー、そうだよな。うーーーん……今月いっぱい夜しか空かねえなあ」 「別に無理なら違うロケーションでもいいんじゃない?夜しか無理なら屋内とか」 「私の家は無理ですね。男子二人を連れ込むなんて、親が何というか……」 「俺ん家は友達連れてくと姉ちゃんがクソうるせーんだよな。二人いるけど、どっちも」 そう言って枚岡と東海林が、アイスティーを啜る新田を同時にゆっくりと見た。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加