1人が本棚に入れています
本棚に追加
運命の出会い
「趣味とは関係ない話題で誘って、また振られたら怖いのよ」
非難するような口調の中に、どこか悲しさを滲ませていることに、女性は気付いていた。
そして同時に、男性の隣の椅子に、かなり大きなバックが置いてあることに気付いた。
「…あぁ、あの荷物?」
視線を追った少女が答える。
「今から、車を借りて美術館に行こうとしているみたい」
気分転換というか、現実逃避というか、とにかくじっとしていると考え込んでしまうらしい。
「でも、チャンスは少ないわ」
少女は困った表情を浮かべた。
「彼だけじゃないの」
「え?」
「アタックされているの」
「別の男性に、ですか?」
「そう」
だからここで勇気を出さないと、運命の赤い糸だって切れてしまう。
少女が両手の指を絡ませるようにして、手を合わせて応援する。
オープンテラスに座って一時間、男性はメールの文面を消すことを辞めた。
突然、男性の携帯電話が鳴った。
メールの送信から、五分後のことだった。
慌てて耳に当てるが、もしもしと言ったはずの声がかすれてしまう。
『ごめんなさい、突然電話しちゃって』
聞こえてきたのは、懐かしく感じるあの声だった。
彼女は映画の誘いを見て、電話をしたのだと言った。
「忙しいかな、とは思ったんだけど…」
彼はそう言ってから、ふと初めて会った日のことを思い出した。
お手伝いしましょうか、と思わず口をついて出たあの日。照れや誤魔化しもなく、素直な言葉を伝えられたではないか。
「この間話していた映画、まだ行っていないのなら、やっぱり一緒に行きたくて」
頭で考えていた時より、言ってしまえば簡単なものだった。
一瞬の間のあと、彼女の柔らかな吐息が遠くに聞こえた。
「え、今から?」
彼が立ち上がった。倒れそうになった椅子が、なんとか踏みとどまる。
「うん、うん、大丈夫」
慌てて荷物をまとめて、肩に背負う。
「いや、いいよ。えっと、こっちから迎えに行くね」
会った時の、彼女の表情が想像できる。
きっと、何故そんなに大荷物なのだと笑われるだろう。その時は素直に、今日の予定を変えて来たのだと言ってしまおう。
自分の予定なんて、彼女との予定の前では無いも同然なんだ、と。
それを思うだけで、ようやく彼の表情が明るくなった。
「またあとで」
「…私の出番はないようですね」
女性は肩をすくめて見せた。男性の背中を見送りながら、少女は大きなガッツポーズをする。
「やったわ!」
「おめでとうございます」
「それじゃあ、あたしが行くね!」
少女は背中の翼を広げた。
「えぇ、お願いしますね。恋の天使さん」
「その恥ずかしい呼び方、やめてよぅ」
振り返りながら、パタパタと手を振る。
「十年ぶりのお話、楽しかったわ。貴女もお仕事頑張ってね!」
「ありがとうございます」
女性は微笑みながら、少女が彼の向かう方向へ飛び立つのを見送った。
「私も行きましょうか」
肩に落としていた黒いフードを、そっと被る。
満足げな唇が、優しく弧を描いた。
彼女は大きな鎌を手に、立ち上がった。
最初のコメントを投稿しよう!