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少女と女性
「何を見ているんですか?」
問いかけられた少女は相手を見上げ、嬉しそうに声を上げた。
「あら、誰かと思ったわ。久しぶりね!元気だった?」
女性は被っていたフードを外しながら、優雅に微笑む。
「えぇ、おかげさまで」
「一緒に見る?」
手招きに応じた女性が座り込むと、少女は離れた位置にあるオープンテラスを指を差した。
そこに座っているのは、一人の男性だ。ドリンクを前に休憩しているだけのように見えるが、どこか落ち着かない様子で携帯電話を触っている。
「あの人に、声かけようと思っているの」
頬杖をついて声を弾ませる少女は、相変わらずとても可愛らしい。緩やかにウェーブした髪が、薄桃色に染まった頬の上で弾む。
女性は微笑みながらも、少し眉尻を下げた。
「実は私も、あの方に御用があったのですが…」
「えっ」
思わず大きな声を出した少女は、慌てて口に手を当てる。丸い目をさらに大きく見開き、それでもやっぱり我慢できずに身を乗り出した。
「あの人!?間違いなく、あそこに座っている男の人!?」
「えぇ…まぁ」
「嫌よ、譲るなんて!貴女にはまだ早いわ!お子さまなんだから!」
膨らませた頬を、女性は優しくつつく。お子さまはどっちだという言葉は、飲み込むことにした。
「そんな、無理矢理奪うつもりはありませんので…」
「貴女にかかれば同じことだわ。あたしと違って、確実に手に入れるんですもの!」
「あの男性の、選択次第ですよ。私もひとまず、それを見届けに来ただけなのです」
「うー…」
そう言われてしまえば、女性にどうこう言っても仕方がない。
少女は渋々、座り直した。
「ちなみにあの男性とは、どういった出会いなのですか?」
「話したくて仕方なかったの!聞いてくれる?」
「えぇ、是非」
どちらにしても、男性が次の行動に移るまでは一旦休戦だ。
嗜好も性格もまるで違う彼女たちの、小さなおしゃべりが始まった。
「あれはまだ寒い、夜のことだったわ」
キラキラとイルミネーションの輝く季節。
カメラを片手に、一人の男性が歩いていた。
「あの人はお仕事とおうちの往復ばっかりで、その日も一人だったの」
女性はゆったりと、相槌を打った。
「きっとツリーにお願いしていたに違いないわ。『ステキな女性と出会えますように』って。直前には、後輩の結婚報告と元カノの結婚報告聞いて落ち込んでいたから」
「それは…お気の毒に」
「ところで男の人って、出会いがないと気にしながら、一層趣味に没頭することが多いと思うの」
少女は突然、ハンドルをきるように話を変えた。
「そちらのほうが楽しくなって、忘れてしまうからでしょうか?」
「んもぅ、貴女ってばわかっていないわ!」
そう言って、大袈裟に口を覆う。
「そんな事を言いながらも、友達に彼女ができたら羨ましくて素直にお祝いできないし、お願い事といえば「彼女が出来ますように」なのよ?」
「確かに女性と比べると、一人で静かにお願いされている方が多い印象ですね」
「そう、口に出さないから行動も少ないのよあの人!」
男性全般というより、特定の人の話になっている。もはや彼女を通り越して、夫のダメ出しをする妻のようだ。
「別のことに没頭する前に、恋をする努力だって必要って話!」
「努力を見せるのが苦手な方も多い、と聞きますが」
「そうなの!恥ずかしいとか、格好悪いとか、周りの目ばかり気にして恋はできないわ」
「なるほど…」
「まぁでも、その日にお部屋にこもらなかったのは、少しだけ賢い選択だったわ」
少しどころか、その状況でその時期に、なかなかの行動力ではないだろうか。
女性は思わず、男性をフォローしたくなった。
「なぜならその日に!」
パンと両手を打ち鳴らす。
すっかり演劇モードに突入した少女は、軽快な語り口で話を盛り上げた。
「あの人の『運命の出会い』が待っていたの!」
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