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「そうやき今しばらくの辛抱や」
しかと見られる。
「二夜。おんしはここにおったらいけん」
「壬生浪士組がいるから?」
「それもそうやが、京には攘夷の連中が蔓延っちゅう。おんしは間違いのう日本人だが、その紫の髪を見て異人だと勘違いする輩は多いろう。己らと違う人間を受け入れられんがじゃ」
「そっか。まあでも仕方ないと言えば、仕方ないか。今はもう攘夷実行の勅許がされてるし、公武合体論よりも攘夷論の風潮が高まってる頃だから、異人に対する敵意は強いよね」
文久三年の四月と言えばそんな時期だった。その旨を思い出すように呟くと、こちらを見る龍馬の顔がぽかんとしていた。
「なにその顔」
「いや、おんし、政に詳しいんやな」
「……それなりに」
この時代の人からすると、少し客観的過ぎたかもしれない。
「ならどいて京に来たがじゃ……ってのはまあえいか。おんしも別に来たくて来たわけじゃないがやろう」
「まぁ、うん」
最初はどこにいるのかさえ分からなかった。壬生浪士組を見かけてここが京であると確信を持てたのだ。
「ほんじゃあきに二夜、ここにおっては危険すぎる。おんしは一刻も早う京から離れんといけん」
「そうだけど私帰る家ないよ。行くあてもない」
「それもなんとのう分かる」
目覚めてすぐ家を恋しがらず、それどころか死にたいと泣き叫んだ辺りからだいたいを察されたのだろう。
「どこか、私の行ける場所があるの?」
「越前の福井藩や」
聞いてすぐさまピンとくる。その藩には攘夷から開国派に転じた藩主がいたはず。坂本龍馬とも多少の関わりがあったのを覚えている。
「わしも大いに悩んだ。今はどこの藩にも攘夷を語る連中はいる。こりゃどうしようもないき。そうやき、ちっくとでも寛容な人間が多いところにおんしを預ける」
「簡単に受け入れてくれるかな」
「わしの恩人や友がおるところやき安心しぃや。必ず守ってもらえる」
わしゃわしゃと頭を撫でられる。それは久しぶりの心地いい感覚だった。
「それに二夜は賢い。皆おんしのことを気に入るに決まっちゅう。そしてそこでおんしは幸せになるがよ。わしが夢を成して会いに行ける頃には、おんしは誰かと結婚して家庭を築いちゅーがじゃろう」
「結婚?」
「そうや。それもわしが作ってみせる、今よりもっと自由な世でや! それで二夜は日本一幸せ者になるがよ!」
(幸せ? 私が?)
「駄目だよ。私が幸せなんて――」
「何言いゆうがじゃ! おんしはこがに優しい子で愛らしい子ながやき、幸せになる道しかない! 絶対わしがおんしを幸せに導いちゃる!」
「でも、」
「でもじゃない。二夜には絶対幸せになって欲しいがよ」
「……そう」
幸せなど求めていない。余計なお世話だ。そう思うのに、その言葉を伝えようとは思わなかった。その代わり、
(――離れよう。龍馬と居たら、私には決して許されていない道を辿ることになる)
過去をなかったことにして、幸福を望むなどあってはいけない。二夜は、まだ自分が生きているのは、死ねないのは、余命三年を精一杯苦しむためだと信じて疑わないのだ。
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