1章【野良猫】

14/14
前へ
/38ページ
次へ
その壬生浪士組が大声を張上げていて、それに町民たちが怯えている。喧嘩などではなかったものの、彼らはなにをそんなに躍起になっているのだろうか。 彼らが宿の前を通りそうになった時、二夜は格子から顔を離した。その時、ぼやけていた声がはっきりと聞こえた。 「紫髪の女を探している!」 「見つけた者には褒美があるぞー!」 「昨日、その女を目にした者はいないか。知り合いでもいい。何か情報があれば――」 聞こえたのは、なんと自分のこと。二夜は咄嗟に両手で口を覆って息を殺した。そこで心臓が嫌な鳴り方をしていたことに気づく。 壬生浪士組が二夜を探す理由なんてのは、想像に容易い。異色の髪だとか、洋服だとか、とにかく風貌がこの時代にはありえないものだったのだろう。もしかすると、いま町では噂になっているのかもしれない。 とうとう理解が追いついてしまった。 こんなこと認めたくなかった。 (私、タイムスリップしたんだ……) タイムスリップなんて幻想だ。頭のどこかで夢だと思っていた。思っていたかったのに、脈が早いのはこれが現実だという報せか。 もはや格子から覗ける景色は、京都というより、京の都と呼ぶ方が正しいのだろう。目に突きつけられている気がした。 外の喧騒も一時。 壬生浪士組が去ったらしい。 ふらりと立ち上がって、壁に掛けられている模造刀だと思っていたものに近づく。二夜は刀の鞘をそっと撫でた。 そして、刀身を勢いよく抜き去った。 あらわになったのは、鋭く光って魅せる白刃。片腕にずしりと充分な重みがのしかかる。柄を握る角度を変えれば、自分の顔が刀身に映った。昨晩泣いた跡さえよく見える。それほど繊細に研ぎ澄まされた逸品。 「本物か」 試し斬りなどせずとも分かる。 だからか、笑うように息を吐いた。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加