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その壬生浪士組が大声を張上げていて、それに町民たちが怯えている。喧嘩などではなかったものの、彼らはなにをそんなに躍起になっているのだろうか。
彼らが宿の前を通りそうになった時、二夜は格子から顔を離した。その時、ぼやけていた声がはっきりと聞こえた。
「紫髪の女を探している!」
「見つけた者には褒美があるぞー!」
「昨日、その女を目にした者はいないか。知り合いでもいい。何か情報があれば――」
聞こえたのは、なんと自分のこと。二夜は咄嗟に両手で口を覆って息を殺した。そこで心臓が嫌な鳴り方をしていたことに気づく。
壬生浪士組が二夜を探す理由なんてのは、想像に容易い。異色の髪だとか、洋服だとか、とにかく風貌がこの時代にはありえないものだったのだろう。もしかすると、いま町では噂になっているのかもしれない。
とうとう理解が追いついてしまった。
こんなこと認めたくなかった。
(私、タイムスリップしたんだ……)
タイムスリップなんて幻想だ。頭のどこかで夢だと思っていた。思っていたかったのに、脈が早いのはこれが現実だという報せか。
もはや格子から覗ける景色は、京都というより、京の都と呼ぶ方が正しいのだろう。目に突きつけられている気がした。
外の喧騒も一時。
壬生浪士組が去ったらしい。
ふらりと立ち上がって、壁に掛けられている模造刀だと思っていたものに近づく。二夜は刀の鞘をそっと撫でた。
そして、刀身を勢いよく抜き去った。
あらわになったのは、鋭く光って魅せる白刃。片腕にずしりと充分な重みがのしかかる。柄を握る角度を変えれば、自分の顔が刀身に映った。昨晩泣いた跡さえよく見える。それほど繊細に研ぎ澄まされた逸品。
「本物か」
試し斬りなどせずとも分かる。
だからか、笑うように息を吐いた。
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