世界の切れ目――二〇二〇年 夏(一花、三年生)

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世界の切れ目――二〇二〇年 夏(一花、三年生)

 展示室を出ると、中庭から明るい太陽の光が白いろうかを照らしていました。  瀬戸(せと)一花(いちか)は目をしばたかせました。  お父さんとお母さんは、まだ展示室から出て来ていません。次はどの部屋に入れば良いのでしょう。  この美術館はずいぶん風変わりだ、と一花は思います。  一花は、絵を描いたり、工作をしたりするのが大好きです。そんな一花を、お父さんとお母さんはよく美術館に連れて行ってくれます。だから、一花は三年生にしては、いろいろな美術館に行っている方なので、ふつう美術館は、展覧会の入り口に入ったら、広い展示室がいくつもつながっていて、すべて見終わるまでろうかになど出られないものだと知っています。それなのに、この美術館は一部屋見るごとにろうかに出てこなければなりません。展示室も広かったり、せまかったり、てんじょうが高かったり、低かったりしました。展示室に窓はありませんが、中庭に面したろうかはガラスばりで明るく、美術館はうす暗いものと思っていた一花を面食らわせました。  明るいろうかを通って、一花は美術館の中を歩き回りました。角をいくつか曲がった先に、暗いとびらが口を広げていました。いくつもある展示室のとびらはどれも開いているのに、そのとびらだけが一花をさそっているように思えました。  部屋に一歩、足を踏み入れると、そこは古代の神殿のような壁が四方からせまる小さな部屋でした。部屋には、だれもいません。一花は、ピラミッドのひみつの小部屋にまぎれこんでしまったのかと思いました。  せり出してくる壁の前に立ち、一瞬、一花の息が止まりました。 (見えない……)  背筋が寒くなりました。 (とうとう……)  足元がくずれたような気がしました。思わず、一花はよろめいて壁に手をつきました。そして、よろめいて壁についた自分の手を、一花ははっきりと見ました。 (あれ? 見える……)  一花は、両手を開いて、じっと見つめました。 (見える)  一花は、あたりを見まわしました。手も、壁も、展示室の外に伸びるろうかも、見えます。どうして、見えないと思ったのでしょうか。一花は展示室をふり返りました。  部屋の真ん中に穴が開いています。  穴は床に開いているのではありません。宙に、浮いているのです。  一花は、穴から目がはなせなくなりました。穴は見つめるほどに、暗く、底が知れません。一花は、つばを飲み込みました。 (世界の切れ目だ……)  一花は、思いました。  真っ暗なだ円形の穴の前に立った一花は、穴に吸い込まれるような気がしました。  一花は、それが美術館に展示されている作品だということに気がつかないまま、しばらくその穴の前にただ立っていました。 「あ、いっちゃん! いた、いた!」  お母さんの声に、一花はわれに返りました。 「もう~、先に行かないでよ~」  展示室に顔を出したお母さんは、一花に言ってから、ろうかの先にむかって「隆之介(りゅうのすけ)さ~ん!」とお父さんを呼びました。お父さんがお母さんの声に気づいたのを確認して、お母さんは展示室に入って、一花の横にならびました。 「わ~!」  お母さんは言いました。一花とならんで暗い穴の正面に立ったお母さんは「なんか、これ、こわいって感じがするね~」と言いました。  お母さんのシンプルな感想に、一花はほぅっとため息をつきました。 「たかちゃ~ん、いっちゃ~ん」  お父さんが名前を呼びながら、展示室に入ってきました。
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