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棚瀬郁斗は「モテたい」と思っていた。
クラスメートにも、常日頃「モテたい」と口にしていた。
「好きです、付き合ってください」
クラスの真ん中で、「要注意」と言われている女の子に、いきなり告白をされるまでは。
**
2年A組の教室は、汐見知那の突然の告白により一瞬静まり返り、徐々にざわざわと騒ぎが大きくなる。
その中心にいる郁斗は、どういう行動をとるべきか咄嗟に判断ができなかった。
「次のターゲットは郁斗かあ」
「え、じゃあD組のやつはもういいの?」
そんな声が聞こえて、目の前の汐見知那の顔を見る。注目されても、騒ぎが大きくなっても全く動じない彼女が、郁斗には理解ができず、とにかくこの注目の中心から逃げ出す方が先だと思い至る。急いで「ちょっとこっち来て」と知那を教室の外に誘導する。
廊下に出て振り返ると、教室を出た知那が付いてくる。その後ろからこっそりついてこようとする友人に対して郁斗は「ついてくんな!」と牽制する。遠くから、「頑張れよ~」と冷やかしのような声が聞こえてくる。
幸い放課後だったので、クラスメート全員はいなかった。が、放課後になったばかりなのでクラスメートの大半が教室に残っていた。
いったい、何を考えているんだろう、と知那の顔を見ると、なぜか嬉しそうに笑顔でついてくる。話には聞いていたけど、まさか自分に起こるなんて。どうしたものかと郁斗は混乱していた。
化学室が空いていたので、扉を開けて知那を促し、そのあとに郁斗も入る。知那は誘導されるままに中に入り、にこにこしながら郁斗を見ている。
「あの……汐見さんだよね? C組の」
「うん! 知っててくれたんだね、嬉しい」
にこにこしていた知那の顔がはじけんばかりに笑顔になる。そんな反応に気圧されたように郁斗は無意識に半歩下がってしまった。
知那のことは、知っている。クラスは違うけれど、彼女は有名だった。少なくともクラスメートの友達の中で、知那のことを知らない人はいないはずだ。
「えっと……さっきの、冗談だよね……?」
恐る恐るという感じで郁斗は知那を見る。
そう言われて、知那はきょとんとした顔を向けてくる。
「冗談なわけないじゃん」
「だって……話したこともないよね?」
「一昨日話したよ、ほら、自動販売機の前で」
知那にそう言われ、一昨日自動販売機に行ったときのことを思い出そうとした。自動販売機には毎日、いや、一日に二度行くこともある。いつも友人と騒ぎながら行くので、いったいいつの話だったか思い出せない。
知那と、話をした……?
「一昨日のお昼休み、混んでる中で私が小銭を落としちゃって……」
「……あぁ」
言われてみれば、昼休みに自動販売機に並んでいるとき、前に並んでいた女の子が小銭を落としたので拾って渡した記憶があった。
「あれ、汐見さんだったの?」
「そう! みんな無視したのに、郁斗くんだけ拾ってくれて、優しいなあって思って」
「……」
それだけ? という言葉を郁斗は無理やり呑み込んだ。足元に転がってきた小銭を拾って落とした人に渡しただけだ。「優しいことをした」という意識すらなかった。
「しかも、さっきも」
「さっき?」
「ここに入る時、扉を開けて私を先に入れてくれたじゃない? ああいうところもすごく好き」
そうだったっけ……? と記憶を辿ろうと思ったが、そんなこといちいち覚えていない。そうしたかもしれないが……。
「郁斗くんが好きです」
改めてまっすぐに言われてしまった。
「いや、あの……でも俺、汐見さんのこと全然知らないし……」
思わず視線を逸らす。真っすぐに見つめられたまま答えられなかった。
「知らなくていいよ! これから知って! じゃあ、今すぐ付き合ってとは言わないから、考えておいて!」
そう言って知那は、「はいこれ」とメモのようなものを郁斗に渡し教室を出て行った。
「……嘘だろ」
郁斗は知那がいなくなった扉を呆然と眺めながらつぶやいた。
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