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「俺、中学の時ちっちゃかったんだよね」
郁斗はぽつりと語りだす。それに対して陸と直哉が興味を示すのを感じた。
「どれくらい?」
「今より20センチくらい。クラスはもちろん、多分学年でも一番小さかった。中学の本当に最後の半年くらいに一気に伸びたんだ」
郁斗は今は平均より多少小さいくらいの身長がある。
でも、中学の頃は大半の女子より身長が小さかった。中学一年から二年にかけてどんどん周りの身長が伸びていくことに、焦りもあったが、どうしようもなかった。よく言われる、牛乳をたくさん飲むことと、よく寝ること。このふたつを意識していた。両親は母親が160センチ、父親が175センチと平均的だったのもあって、なぜ自分だけが、という気持ちが強かった。
中学に入って、男女の距離感が小学生の頃とはどんどん変わっていった。恋愛の話になったり、誰がかっこいいとか、可愛いとか、男女二人で話しているだけで周りからひそひそと声が聞こえるような時期もあったし、付き合い始める人たちも出て来ていた。
そんな中、郁斗はどうしてもその身長と童顔、そして性格も相まって、男子扱いされていなかったのだ。
一部の女子には「郁ちゃん」と呼ばれることもあって、本気で嫌だったが嫌と言えずに笑っていた。そんな自分にも腹立たしかったが、やめろよ、と声を荒げるようなこともできなかった。
「中学の男たちはいいやつばっかで、からかわれたりはしなかったんだけど、女子が面白がっちゃって」
ちょっと髪が伸びたら括ろうとされたり、自分たちがメイクに興味を持ち始めた頃には「化粧してあげる! 絶対に可愛いから!」と言われたり、たまに意味深に呼び出されたと思ったら「〇〇くんって好きな子いるかなあ」だった。
中には「郁ちゃん可愛いから好きかも」と言ってくる子もいたが、郁斗にとって「可愛いから好き」というのは褒め言葉ではなかった。
あの頃のクラスはちょっと独特で、「こういう扱いをしていい」という暗黙の了解が、全員に広がっていく。郁斗は「女の子のように扱っていい男の子」だった。一度ついたイメージは、そう簡単には払拭されなかった。今でも偶然会うと「あ、郁ちゃんだ」と言ってくる子もいるくらいだ。
「ああ……うん、わかる。なんつーか、残酷だよな、やつら……」
なにかを察したように直哉が暗い声を出す。なにか嫌な思い出でもあるのだろうか。
「だから、なんていうか……モテたいっていうより、男扱いされたいって感じなのかも」
話しながら郁斗はそう思う。モテたい、誰かと付き合ったり、色んな人に告白されたい、とかそういうことじゃなくて、異性としてちゃんと向き合ってほしい、という願望。でもそれは、特に「特定の誰かにあてた欲望」ではなかった。
「じゃあ、汐見さんに告白されて嬉しかったんじゃないの?」
陸が不思議そうに問う。
そう、正直あまり触れられたくなかったが、確かにそういう部分はあった。
「嬉しいと思う気持ちはあった……と思う。だからきっぱり断れなかったんだと思う」
真っすぐ目を見て告白してきた知那。そのこと自体が、嬉しくなかったわけではない。ただ、知那が自分を本当に好きだとも思えない。
告白されたその日は、話す前に去って行ってしまったが、そのあとに断ろうと思えばいくらでもできた。知那に「断らないで」と言われる前も、言われた後も、断るという選択肢が今も郁斗にはある。
「でも、汐見さんは俺のこと好きなわけじゃないと思う」
それでも断ることができないのは、やはり知那の事情が気になっているからなんだろう。
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