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「莉々華……」
知那の弱々しい声が聞こえる。
「どうする、郁斗」
「止めに行く」
「だよね、じゃ、俺が声かけるよ」
そう言って陸が体育倉庫の壁から離れ、走り出す。
「汐見さーん! 吉川が探してたよー」
なにも聞いてないような普通の口調で陸は知那に声を掛ける。
一斉に全員が陸を振り向いた。
「陸くん……」
「ほら、行こ! なんかちょっと急ぎみたいだったから」
陸は強引に知那を囲んでる四人をかき分けて知那の手首を取る。
「えっちょっと! なんなの?」
かき分けられた三人はあまりに強引で、完全に無視されてることに苛立ちを見せる。
郁斗は振り返った三人の中に、見知った顔を見つける。松野 愛奈という、同じ中学で、郁斗ずっと女の子扱いしてきた一人だった。気が強く、クラスの中心的な存在だったのを思い出す。
「しおみさ……」
「おーい、郁斗、陸! なにやってんだー?」
陸に続いて郁斗も声を掛けようとしたとき、後ろから直哉の声が聞こえた。
純粋に戻ってこない郁斗と陸を探しに来たようだった。
「あれ、汐見さんもいる」
女子四人に囲まれて知那の手を取る陸と、それに声を掛けようとした郁斗の図。全員が一斉に直哉を見た。
直哉にはさっぱり状況が理解できていないようでキョトンとした顔をしている。そして同時に知那と知那を囲んだ女子たちに郁斗の存在も目に入ったようだった。
「郁斗くんも……」
「あんたらなんなの⁉ 今は知那とうちらが話してるんじゃん、入ってこないでよ!」
そう言ったのは、松野 愛奈だった。
「松野、なにやってんだよお前……」
「え、あっ! 郁斗じゃん。そうだ、知那は郁斗に告ったんだっけ。うける」
「なに、愛奈知り合い?」
「中学のクラスメート。中学の時はちっちゃくてさ、女の子みたいだったんだよ。郁ちゃんって呼ばれててさ」
そうだった、愛奈はもとからこういう嫌味ないい方を好んでいた。だけど中学では事を荒立てるようなことはなく、みんな何も言わずに我慢していた。郁斗も、愛奈は苦手だった。だから、郁ちゃんと呼ばれることにも黙って笑って受け流していたのだ。
その愛奈が、知那を……先ほどの悪意の塊のような言葉を思い出すと怒りがこみあげて来た。
「おまえいい加減にしろよ」
「えっなに、郁ちゃんこわーい。もしかして知那のこと好きなの? 色んな男に告ってるだけなのに、真に受けちゃったとか?」
愛奈がおどけて笑う。郁斗は湧き上がる感情をどうしていいかわからずにいた。冷静になれ、と頭で繰り返す。その代わり、言葉は出てこなかった。
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