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汐見 知那は有名だった。
最初に話を聞いたのは最初は1年の夏休みが明けてしばらく経った頃。
夏休み明けくらいからちらほら「誰と誰が付き合い始めた」とか「あいつはあの子を狙ってるらしい」というような話が話題に上がるようになってきた。郁斗の周りも例外ではなく、「あの子が可愛い」「あの子は性格が良くないらしい」なんて話は日常会話だった。
そんな中、汐見知那の名前を聞いたのは、「村田と汐見が付き合い始めたらしい」という話からだった。
その時の郁斗は「村田」も「汐見」も誰かわからず、「いいなー俺もモテたいなー」という呑気な感想を口にしていたと思う。そして3週間ほどあとに「村田と汐見が別れたらしいぞ」という話を聞いた。
1か月も経ってないのに? もったいないなあ、でもまあそういうこともあるだろう。そんな、ほんとうにどうでもいい感想を持ったのを覚えてる。
驚いたのは、それから1週間も経たないうちに「汐見が〇〇に告白したらしい」という話が出回ったことだ。もうその相手の名前も忘れてしまった。その告白は上手く行かなかったのだが、それからまた2週間後に他の人に告白したらしい……という話を聞いた。最初の頃の話では、1か月に2、3人は告白されていたという。最近はさすがに頻度が減ってきた、という噂だったが……
つまり、汐見知那は「誰にでも告白する」と有名な女の子だった。
「郁斗、昨日あれからどうなったん」
朝学校に来た途端、人が集まってきた。その中で、いつも一緒にいる友人の一人、高野直哉が声を掛けてくる。
「えーと……」
なんて言ったらいいのだろうか。
「断ったの?」
「断って……はいない」
「え? 付き合うのか!?」
群がってきた一人が大きな声を上げて、それを聞いたクラス全体が一気にざわめいた。
「ちょ……声でかい! 付き合わないよ!」
大きな声で訂正したつもりだったが、もう遅い。
教室のあちこちから「え、付き合うの?」「ついに汐見さんの告白が成功した?」と男女問わず盛り上がってしまっていた。
「郁斗、大丈夫か」
最初に聞いてきた本人すらもう郁斗の声など聞いていないかのように騒ぎだす中、クラスで一番仲が良い柳田 陸が声を掛けて来た。
「大丈夫じゃない……」
そう唸る郁斗に、陸は気の毒そうな表情を向ける。
「汐見さんとは付き合わないの?」
「付き合わないよ……でも断る前に、っていうか断ろうとしたら出て行っちゃって」
陸に昨日の化学準備室でのことを話す。陸は郁斗の机に頬杖を突きながら聞いている。
「お金を拾っただけで、か……まあ、郁斗はそういうの無視できないし、優しいよな」
「えぇ……普通じゃん」
「それを普通だと思ってるところが優しいんじゃない」
陸が淡々と郁斗を褒める。陸は、感情をあまりあらわさないが表情に出さないだけで優しい。
今知那のことを正直に話せるのは陸だけだな、と郁斗は思った。他の友人たちは……直哉を筆頭として、絶対に面白がってる……
「それにしてもさ、汐見さんって、なんであんなに告白するんだろうね」
「……彼氏が欲しいから?」
「じゃあ、モテたいモテたいって言ってる郁斗と変わらないじゃん」
「ち、違う! 俺は誰でもいいわけじゃない」
「ほんとに?」
陸に改めてまっすぐ目を見て聞かれ、言葉に詰まる。
郁斗は確かにモテたいと思っている。だけど、誰でもいいわけじゃない。汐見知那のように、誰でもいいから告白して、付き合いたいなんて思わない。
だけどその一方で、特定の誰かを好きなわけでもない。
「もしかしたら、あんまり変わらないのかもよ」
陸が思わせぶりにそうつぶやいた。
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