モテたい彼と依存する彼女

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 翌日、今日こそ知那の教室へ行って告白を断りに行かなければ、と思う郁斗だが、昨日の話が気になってどうしても行く気になれなかった。何度も昨日の恥ずかしそうに振り向いて走り去る知那の顔が蘇る。  汐見知那という女の子のことを、郁斗は何も知らないという当たり前のことに気づいてしまった。それと同時に、知りたいと思う気持ちを否定できなくなっていることも。  3時間目、体育だったので体育館へ向かう途中、知那と廊下でばったり会った。  知那は笑顔で駆け寄ってきて、ポケットに手を入れて「郁斗くん、これあげる!」と昨日の昼休み同様に握った状態の手を差し出してくる。昨日と同じように思わず受け取った郁斗に、「じゃあね」と走り去る知那。  郁斗の手の中には、またもふたつ飴玉があった。隣にいた陸に一つ渡す。  心なしか、最初に告白してきた笑顔より、ちょっとだけ照れたような、控えめな表情と声だった。  昨日のことを気にしているのだろうか。  知那の周りには、クラスメートらしき子たちは見当たらなかった。  そしてそれから毎日知那は一日に一回、アメとかチョコとかガムとか、個包装のお菓子を渡して去ってくというのが日常になっていた。郁斗が友達といるときは、大体その人数分(多くて五人ほど)渡してくるので、郁斗はそのたびに近くにいる友人に知那からもらったお菓子を配る。  最初の内は、特に直哉が「付き合えば」とか「また来た」とか揶揄してきていたが、そんな直哉も「なんか健気だな」と言い始めた。  そして次にお菓子をくれたとき、直哉が「汐見さん、いつもありがとう!」と声を掛けた。知那は驚いた顔をして、それからパッと笑顔になって嬉しそうに去って行った。  その姿を見て、郁斗の周りの知那に対する印象が良くなっているのを感じていた。 「もらってばっかりなんだけど……どうしよう」  さすがに毎日もらっているのも気が引けてくる。が、「いらない」と押し返すのもあまりに非常に思えた。 「じゃ、なんかお返ししたら?」  陸にそう言われて、タイミングが合えば渡そうとコンビニで買った新商品のお菓子を持ってきていたが、渡すタイミングが見当たらなかった。知那は度々教室に来るが、その時に呼び止めてお返しをする勇気がどうしてもなかった。絶対に注目されるし、また騒がれる。  そんなことを思っていたら、休み時間に自動販売機の前で知那を見かけた。知那はこちらに気づいていないので、わざわざ声を掛けることもないかなと思っていたら、隣にいた直哉が知那に近づいて声を掛けた。 「汐見さん、何飲むの?」 「え……あ、ミルクティー」 「じゃあ、待ってて」  そう言って知那を列から外れるように誘導する。列が進み、直哉の番になるとミルクティーを買って知那に渡す。 「いつももらってるお礼」 「えっ……嘘、いいの? ……びっくり。ありがとう」  驚いて戸惑いつつも、嬉しそうに笑う知那。 「郁斗、買わないの?」  陸に声を掛けられて、いつの間にか自分の番になっていることに気づく。  慌てて自動販売機にお金を入れて買う。そして列から外れる。  そこでは直哉と知那が待っていた。  陸が直哉に「おまえ自分の分買ってないだろ」と直哉がいつも飲んでるカフェオレを渡す。直哉は、「あ、忘れてたわ、サンキュー」と言って陸から受け取る。  その間、何もできずにいた自分に気づいて、居た堪れなくなる。  そんな郁斗を知那が見る。 「もらっちゃった……郁斗君の友達、優しいね」  知那はミルクティーを大切に持って、嬉しそうに告げる。   「俺、直哉。こっちは陸。郁斗の友達。今更だけどよろしく汐見さん」  勝手に陸まで紹介する直哉。陸も「よろしく。いつもお菓子ありがとう」と告げる。  知那は驚いたように、嬉しそうに笑う。「うん、ありがとう」となぜかお礼を言う。  郁斗は、なぜか居心地が悪い気がしてならなかった。  教室に、知那にあげるお菓子があるのに……直哉のようにさっと渡せない。ひどくもどかしい気持ちになる。  そんな郁斗をちらっと見て、陸が言う。 「汐見さん、郁斗からもお礼があるみたいだから、またあとで教室来てよ」 「えっ……本当?」  知那は驚いて陸を見て、そのあと郁斗のほうを伺うように見てくる。 「あ……うん、じゃあ、教室じゃなくて……この前の、屋上のところで、昼休みとか……」 「……うん! わかった!」  また、はじけるような笑顔で知那は去って行った。 「汐見さん、全然変な子じゃないな。寧ろかわいいな」  直哉が去っていく知那を見ながらつぶやいた。  郁斗は複雑な気持ちになって、だけど内心頷いていた。
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