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お菓子をくれる知那にお礼を渡したら、「好きな人いる?」という質問が返ってきて、郁斗は驚いていた。と当時に、「告白されたままになっていた」ということを思い出す。「断らないと」と思いつつも、知那のクラスに顔を出すと周りから何を言われるかわからないので勇気が出ず、ずるずると今に至っていた。
今、陸しかいないこの場所は、絶好のチャンスではないか。
告白された日ほど、「断らなきゃ」という気持ちが消えているのを自覚しつつも、このままにしておくべきではないだろう。知那にも失礼だ。
「好きな人はいない、けど、汐見さんごめ」
「待って!」
郁斗の言葉を知那が遮る。その勢いに口をつぐんで知那を見ると、悲しい顔……なにか思いつめたような表情でこちらを見ていた。
「郁斗くん、ごめんなさい。迷惑なのはわかってるんだけど……好きな人がいないなら、まだ断らないでほしいの。もう少しだけ、このままでいて欲しい……お願い」
恐る恐るという感じで知那は言葉を紡ぐ。なのに、なぜかそこには強い意志も感じる。
「このまま、っていうのは」
「今みたいに、一日に一回くらい話ができたらそれでいいの」
意図が汲み取れず、郁斗は黙って知那を見つめる。
「あの……他に好きな人ができたら、いいの、そのときは教えてくれたら、もうやめるから……お願い」
そう言いながら俯いたり、ちらちらと郁斗の表情を伺うような知那を見て、郁斗は違和感を感じていた。
あの日の放課後、告白してきたときの知那はにこにこしながらまっすぐに見つめてきた。
恥ずかしそうでも、言いたくて言えないことを告白するような動作でもなかった。
あのときより今の知那のほうが、よっぽど「告白している」ようだ。
確信はないけれど、郁斗はあのときの知那の言葉より、今の知那の言葉のほうが本音なのではないか、と感じる。
「理由は聞かないほうがいいんだね。わかった」
郁斗がそういうと、知那の不安そうに泳がせていた視線が、ぱっと郁斗の顔で止まる。
それでも表情は不安そうで、あのときのはじけるような笑顔ではなかった。
「本当に? いいの……?」
「でもお菓子はなくていいよ、普通に話そう」
「……なんか、なにもないとどう話しかけていいかわかんなくて」
あのお菓子はコミュニケーションツールだったんだ、と郁斗は納得する。
確かに、郁斗の周りの友達は、それがあったから知那の印象が良くなったような気がする。なんて単純なんだ、と自分を含めてちょっと呆れるが、知那の言うこともわかる。
「わかった、じゃあ、交互にしよう。俺からも渡すようにする。だったらいいだろ」
「でも、私からのお願いだからいいのに」
「俺がなんか、嫌なんだよ」
そういうと、知那は黙って、ちょっと困ったような顔をしている。でも、さっきみたいに視線を泳がせるような、不安そうな表情はなくなった。
「汐見さん、郁斗はクッソ真面目だから、一方的に貰うのが落ち着かないんだよ、汐見さんももらってあげて」
陸が横から助け舟を出してくれた。
『クッソ真面目』という言葉には引っかかったが、陸の言うことは当たっている。
一方的に理由もなく知那からもらい続けるのは避けたかった。かといって、毎度こうやってお礼と称して呼び出すのもどうなんだろうと思う。
「……うん、わかった、ありがとう」
やっと少し笑顔になって頷いた。その表情を見て、郁斗はほっとした気持ちになる。
知那は、なにかを隠している。それはわかるけれど、きっと聞いてほしくないのだろうというのもなんとなく伝わっている。
とりあえず、知那の望むとおりにしてみてもいいかな、と思っていた。
いったい、いつまで続くかはわからないけれど。
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