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「汐見さん、なんか事情がありそうだね」
知那と別れて教室へ戻る時に陸が言う。郁斗も同感だった。ただ、それがいったいなんなのかはまったくわからない。うーんと考える郁斗を見て、陸が続ける。
「でも、悪い子じゃなさそうだよね」
それも、同感だった。
結局知那の言う通り、その日からお互いにお菓子を渡し合うというちょっと奇妙な関係性が続いていた。
クラスに来たり、廊下ですれ違う時に渡したり。
そのせいで、郁斗のぽっけには飴玉やチョコレートが常に常備されるようになった。
「なんか、親戚のおばちゃんみたい」
と直哉には笑われた。
そんな直哉たちも、知那にもらってばかりでは悪いと郁斗が知那にお菓子を渡すときにはなにかしら準備してお礼だと渡すことも多くなっていた。
最初はお菓子を渡して「じゃあまた!」と走り去っていった知那が、直哉や陸も含めて「次の授業なに?」とか「小テストやった?」とか、雑談を交えて話すことが多くなった。知那は以前のように話しかけられると嬉しそうに答えていて、そんな風に対応されると嬉しくない男はいないのではないか、と思うくらい、みんな楽しそうに知那と話している。
そんな郁斗たちをみて、そこまで親しくないクラスメートたちの態度も変わってきているのを郁斗は感じていた。教室で話していると、男女問わず会話に参加してくるようになったし、知那はそのたびにポケットにあるお菓子を配って、そこから会話が弾んでいた。
そして「前にもらったお礼」とお返しをもらって、嬉しそうに笑う。
いつの間にか、教室に遊びに来る時間が増えていた。
そんな中、知那がひとりごとのように呟いた。
「郁斗くんのクラス、いいなあ」
郁斗はその言葉に引っかかったが、D組はそうじゃないの、と聞く前に直哉が「もうクラスメートみたいだよね」と言いい、知那は「ありがとう」と嬉しそうに返していた。
知那はクラスで上手くやっていけてないのだろうかと感じることは多々あった。が、それを確認する勇気はなかった。こんなに話す機会も増えたのに、知那がクラスの友達といるところを見たことがない。廊下ですれ違うときもいつもひとりだったし、会話の中で友達の話も出てこない。あまりにも不自然だった。
ただ、郁斗は「告白されたから断らなければ」というプレッシャーからは解放され、「ただたまに話してくれるだけでいい」という知那の言葉に甘えている今の状態は、悪くなかった。知那自身とも話していて普通に楽しいし、周りも受け入れている今、変に煽ってくるやつもいない。仲の良い友達が一人増えたという感覚は、郁斗にとっては気持ちが楽だった。知那がなにか隠している、クラスで上手く行ってないようであることも気にはなったが、知那自身が楽しそうにしているのを見ると「まあいいか」という気持ちになってしまうのだ。
そんな空気を壊したのは、村田という男だった。
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