深海の泥

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 味わったことのない暗闇がそこにあった。  深夜の海辺には一切の灯りはない。月の光を反射させた波に視線は吸い込まれていった。  自分のような身勝手に命を投げ捨てる人間には苦しんで死ぬのが相応しい。彼は自分が上位存在になったかのように、そう身勝手に自身の運命を決定づけた。  歩けば死ぬ。それを望んで、彼は進んでいく。  膝まで水が迫った時。馬鹿馬鹿しくなり、引き返そうかと思った。しかし、思いながらも前に進んだ。  腰まで使ったとき、波に押されて体が揺らいだ。まるで「早まるな!」と必死で押し戻そうとしているかのように感じた。しかし、その後「こっちへおいでというように沖の方へ引かれていく。  いつの間にか全身を使って泳いでいた。邪魔な服は脱いで、あとも先の見えない暗闇の中を進んだ。もう戻りたくはなかった。あの生きにくい世界からやっと脱出できたような心地だった。この先にもっとよりよい居場所があるのだと。  彼は最後に深く潜った。月明かりに照らされてはいるが、手を伸ばした先も見えない闇の世界がそこにあった。それは彼の思い描く『死』そのものであった。  ゆっくりと力が抜けていく感じがした。やけに一瞬一瞬が長く感じた。死に対する恐怖と期待が鼓動を繰り返すたびに交差していく。その鼓動は大きくなっていき、次第に遠くに。遠くへ。遠くへと。
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