深海の泥

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 灰原はその後も死に続けた。それでも、全部を夢にしてまた起き上がると、死なない日常を送っていく。  最初の自殺から10年がたっていた。彼は、今も変わらぬ職場に出勤している。遅刻も何度かした、欠勤もあった。叱られることも数えきれないほどあった。  今は、そんな日は酒を飲みかわす仲間がいた。  そして、帰るべき家庭もあった。初々しい恋の果て仕事の契約先で働いていた女性と結婚し、子供もいる。もうすぐ2人目も生まれようとしていた。  彼は、過去の彼自身が思い描いていた「普通の人」になっていた。  ここ5年の間、彼は自殺をしていない。逆を言えば5年前までは自殺を行っていたわけではあるが。そして、その最後の自殺も客観的に見れば実に些細なきっかけによる実行であった。  今でもふとやり直したいと思う灰原ではあったが、思うだけだ。  5年も前に見た夢のことなど覚えているわけもなく、当たり前に何もなかったようにその日を生きて、娘を抱き上げ、愛する者に抱擁する。酒の席では後輩に向かって「昔の俺もヤバかったよ」なんて笑って見せる。そこに至るまで確かな過程があった、段階があった。しかし、どこか彼にとって過去の自分は他人だった。
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