夢の中で美少年を看病したらハッピーエンドになりました!?

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 冷たい空気が全身を包み込み、寒さからアシュリンの意識が覚醒していく。 (うう、寒いっ!)  毛布にくるまって寝たはずなのに、震えるほどの寒さを感じて身震いしたアシュリンは目蓋を開いた。 「え?」  自分の身に起こった異変を知り、一気に目が覚めた。  ベッドで寝ていたはずのアシュリンは、裸足のまま冷たい石の床の上に立っていたのだ。 「え、ええっ?」  驚いてアシュリンは周囲を見渡すが、自分のいる場所に見覚えも移動した記憶も無い。  頬を抓ってみても痛みを感じるし、足の裏から感じる冷たさは現実味がある。  冷たく暗い空間には灯りは無く、暗さに目が慣れるまでアシュリンは身を縮めて警戒をしていた。 「これは夢かしら?」  ようやく暗さに目が慣れて、自分がいる場所が四方を石に囲まれた狭い部屋だと分かった。  殺風景な室内には、簡素な木のテーブルと椅子があるだけで、外へ出る扉の上部の窓には鉄格子がはめられており、おそらくここは牢屋なのだろう。  石造りの部屋はもう一つあるようで、迷った末にアシュリンは隣の部屋へ向かった。  壁に手をついて覗き込んだ隣の部屋には、ベッドと簡易トイレらしきものが置かれていた。  ベッドの上に黒っぽい何かがあり、アシュリンは目を凝らしてそれがなんなのか見て腰を抜かしかけた。 「ひっ」  ベッドの上にあるものが人の形をしていると分かり、短い悲鳴を上げてアシュリンは後退る。 (まさか、死体!? いくら夢でも、死体の発見はしたくないわー!)  両手で口元を覆ったアシュリンが背を向けた時、ベッドの上から男性の呻き声が聞こえた。  ベッドに寝ている人物が生きているのなら、このまま放置しておくのは夢でも後味が悪い。  口元から手を外して、アシュリンは恐る恐るベッドに近付いた。 (男の人? ううん、男の子、かな?)  ベッドに横たわっていたのは、体つきからして若い男性。  室内が暗いため、顔立ちと髪の色までは分からないが手首と足首には金属の枷がはめられており、枷と繋がった鎖は床に打ち込んである杭で固定されていた。  男性の着ているシャツは所々破れて血で染まり、彼の体から流れた血でベッドシーツも赤黒く染まっていた。  出血の状態から彼はかなり酷い怪我を負っていて、アシュリンの手が震える。 「あの、大丈夫ですか?」 「うう……」  身じろいだ男性の破れたシャツの胸元から、傷口が見えてアシュリンは息を呑んだ。 (こんなに酷い怪我なのに、手当すらしていないなんて……彼は罪人なの?)  男性の胸元に手をかざし、回復魔法をかけようと魔力を集中させて……違和感を覚えたアシュリンは目を瞬かせた。 「魔法が使えない?」  使えないのではなく、魔法を発動しようと集中させた魔力が何かに妨害されて、散らされてしまう。 「誰、だ?」  意識が朦朧としていた男性が顔を動かし、顔の半分を覆っていた髪が横に流れて顔が見えるようになった。  閉じていた目蓋が薄っすら開き、焦点の合わない瞳がアシュリンを捉える。 「あ、私は」  男性からの問いに、何て答えればいいか言葉を考えているうちに、アシュリンの視界に靄がかかっていく。 (夢から覚める?)  覚醒すると気が付いた時には、アシュリンの目前に居たはずの男性の姿は消えていた。  ***  ドンドンドンドンッ! 「エメル~起きて、うっ!」  ノックをして重い扉を開いたアシュリンは、家の中から流れ出てきた強烈な臭いを吸い込んでしまい、思いっきり顔を歪めた。 「ぐうっ! ちょっとエメル! 今度は何を研究しているの!?」  前日は爆風、今日は目と鼻と喉に痛みを生じさせる刺激臭を発生させた犯人であるエメルは、毒霧防護用マスクと水中用眼鏡を装備の姿で現れた。 「アシュリン、おはようー。今作っているのはねー、飲めば枯渇した体力魔力を全回復出来る魔法薬よ。瀕死の状態からでも完全復活出来るわ! もう少し熟成させれば完成するわよ。多分」  家の中から流れる空気を吸い込まないように、アシュリンは息を止めて状態回復魔法と状態異常防止魔法の詠唱を早口で唱え、魔法を自身にかける。 「はぁはぁ、魔法薬が完成したら、凄いわね。それで、軟膏は出来ている?」 「あっ、忘れてたー」 「ちょっと!」  昨日、約束したというのに忘れてたと、あっけらかんと言うエメルの態度には、さすがのアシュリンも腹が立ってきてこめかみに青筋を浮かべる。  防毒マスクを剥ぎ取ろうとするアシュリンの手を掻い潜り、「少し待ってて」と言いながら家の奥へ行ったエメルは、すぐに両手で紙袋を抱えて玄関まで戻って来た。 「代わりにこれをあげるわー」 「は?」  手渡された紙袋に入っていたのは、薄茶色の兎のぬいぐるみだった。  ふわふわの毛並みが本物の兎を彷彿とさせて、顔は釦と糸で作られている可愛いぬいぐるみ。  モフモフした手触りによって、少しだけアシュリンの苛立ちが落ち着いていく。 「学生の時、成績優秀だったアシュリンが町のお薬屋さんだなんて勿体ないからーいいことがあるように幸運の御守り、兎のぬいぐるみをあげるわー。じゃ、私は忙しいからまた明日ねー」  押し付けられるように兎のぬいぐるみを渡されて、呆然としているアシュリンを置いてエメルは扉を閉めた。
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