夢の中で美少年を看病したらハッピーエンドになりました!?

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 軟膏を受け取れなかった以上、防御魔法をかけたとはいえ刺激臭を放つ家の扉を開く勇気は無い。  仕方なく、アシュリンは受け取った兎のぬいぐるみを両手で抱き締めて、家へ帰っていた。  帰宅後、強烈な刺激臭が体に纏わりついている気がして、アシュリンは風呂場へ直行して念入りに体を洗った。 「……疲れたー」  一日中、体の匂いが気になって仕事に集中できなかったせいか、いつも以上に疲れてしまい早めにベッドに横になった。  兎のぬいぐるみを横に置き、紙袋の中に入っていたエメル手書きの説明書を一読して、アシュリンは溜息を吐く。 「幸運の御守り? これがねぇ」  説明書には、極東の国に伝わる“幸運の御守り”と書かれており、御守りとして完成さるために準備するものを見て首を傾げる。 「中に持ち主の髪の毛を入れるって、呪いのぬいぐるみな気がしてきたわ」  突飛なことをするとはいえ、代々魔女の家系のエメルが意味の無い物を渡すわけはないはず。  人差し指に絡めた髪を一本引き抜き、ぬいぐるみの背中に開いていた小さな穴に引き抜いた髪を入れた。  ***  頬に触れる冷たい風を感じて、閉じていた目蓋を開いた。 (また、この夢?)  目覚めたアシュリンが居たのは、ベッドの上ではなく昨夜と同じ石造りの狭い部屋だった。  部屋の上部にある小さな窓から月明かりが入り込み、厚い雲で月が隠れていた昨夜よりは室内は明るい。  石の床だと思っていた床は、一部に色あせているが絨毯が敷かれているのに気付いて、アシュリンは違和感を抱いた。 「ただの牢、ではないのかしら?」  一歩足を動かして、寝間着から出ている手首にふわふわな物が触れた。  顔を動かして見れば、腕の中にあったのは寝る前に抱えていた兎のぬいぐるみ。 「夢の中に出てくるのは、君が幸運の御守りだからかしら?」  兎の頭を撫でて両手で抱えなおす。  風の音以外の音が聞こえない、静かな空間では自分の息遣いと足音が大きな音に聞こえて、なるべく足音を立てないように忍び足で隣の部屋へ移動する。  昨夜、隣の部屋に置かれていたベッドで横になっていた男性は、今夜は上半身を起こして天井近くにある小窓を見上げていた。  部屋へ射し込む月明かりに照らされた横顔は、想定したよりも幼く見えた。  彼の灰色の髪が月明かりを反射して煌めいていて、アシュリンは動きを止めた。 (私よりも若く見えるわ。もしかして年下の男の子なの?)   かたんっ。  アシュリンの肩が壁にぶつかり、小さな音が室内に響く。  振り向いた少年は、兎のぬいぐるみを抱えるアシュリンの姿を目にして、驚いたように口を半開きにする。 「……誰だ? 何故、ここに居る?」 「何故って、これは夢でしょう?」  綺麗で中性的な顔にしては低い声で問われ、少年に一歩近づいてアシュリンは答える。 「夢?」  目を瞬かせた少年は数秒間考えてから、自嘲の笑みを浮かべた。 「夢か、そうかもしれないな。信頼していた者達に裏切られて捕らえられ、天に見放された俺はもう死んでいるのかもしれない」  紫色の瞳が潤み出して、少年が泣き出しそうだと感じたアシュリンはベッドに近付き、身を屈めて彼と目線を合わせた。 「貴方は死んでなんかいないわ。これに触ってみて」  少年の前へ差し出したのは兎のぬいぐるみ。  傷だらけの少年の手を取ると、ぬいぐるみのモフモフの毛並みに触れさせた。 「ほら、触れられるでしょう? 感触があるということは、貴方は生きているのよ」  大きく開いていた少年の瞳は再び潤み出し、瞳から零れ落ちた大粒の涙が頬を伝いぬいぐるみに落ちた。 「君は……天使、なのか?」  震える少年の声と縋りつくような目を向けられて、アシュリンの胸の奥が締め付けられる。 「私は天使じゃ」 「ない」と続けようとした時、アシュリンの視界は靄がかっていき、あっという間に靄は少年の姿を覆い隠していった。
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