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学校へ向かおうと鞄を持つシュレッドの手を見て、以前に比べて着ている服の袖が短くなっているの気付き、アシュリンは口をつけていたカップをテーブルに置いた。
「新しい服が必要よね」
「姉さん、どうした?」
「いや、最近背が伸びた気がするし、シュレッドの新しい服を買った方がいいなと思ったのよ」
「ふーん、買ってくれるなら頼むよ」
頷いたアシュリンは、慌ただしく玄関から外へ飛び出していく弟の姿を見送った。
小さな窓しかない部屋は、消毒液と傷薬の匂いで充満していた。
消毒をした傷口を覆うガーゼを貼り替え、その上から巻いた包帯の端を留める。
「はい。終わったわ」
「ありがとう」
恥ずかしそうに頬を赤くする少年の姿がシュレッドと重なり、アシュリンは微笑んだ。
両腕で抱えて眠り、持ち込んだバッグから新品の上着を取り出した。
「この上着を羽織ってみて。弟の服だけど、ボロボロの服よりはいいでしょう?」
「服?」
戸惑う少年の反応で、ハッとしたアシュリンは周囲を見渡した。
「服が変わっていたら不審がられちゃうかな?」
「それは、大丈夫だ。ここへ来るのは目が悪い者だし、彼女は俺自身には興味ないらしい……羽織るのを手伝ってくれないか」
手枷の付いた手首を見せる、少年の全身は赤く染まっていた。
肩からかけた上着がずれ落ちないよう、前を釦で止めているアシュリンの手に少年の手が重なるように触れて、すぐに離れていく。
「本当は下も着替えて欲しいけど、鎖が邪魔をしていても脱ぎ着出来そうなスカートを持って来たけど、着てみる?」
「えっ!」
アシュリンが両手で広げたスカートを見て、動揺した少年は激しく体を揺らす。
「……君はもう、はっ」
目を見開いていた少年の目が急に険しくなり、部屋の奥にある上部に鉄格子が付いた小さな扉へ視線を向けた。
遠くから石の床を歩く複数の足音が聞こえた気がして、アシュリンも少年が睨んでいる扉の方を向く。
「誰か来る?」
「っ、すまない」
言い終わる前に、少年はアシュリンの肩を抱き彼女と一緒にベッドへ倒れると、毛布をかぶって全身を覆った。
「中から話し声が聞こえるだと?」
「は、はい。私は目が悪い代わりに耳はいいのですが、ここのところ牢から話し声が聞こえてきて……先ほども声が聞こえました。ついに狂ったのではないかと、怖いです」
威圧的な男性の声と年配の女性の声が扉の向こうから聞こえ、少年に抱き締められているアシュリンは胸元に当てた手を握り、体を縮こませる。
「声など聞こえないではないか。まぁ狂ったとしても、処刑の日まで生きていればいい」
クツクツと笑う男性の声と複数の足音は遠ざかっていき、辺りは静寂に包まれた。
聞こえるのは互いの息遣いと心臓の鼓動の音だけ。
「くそっ、あの男……はっ!」
怒りの感情で眉を吊り上げた少年と目が合い、少年は勢いよく上半身を起こしてアシュリンの上から飛び退いた。
ジャランッ!
少年の動きに合わせて手枷と足枷に繋がっている鎖も大きく動き、床に打ち付けられた鎖が鈍い音を立てる。
捲り上がった毛布は宙を舞い床に落ちた。
かける言葉を探しているのか、口を開閉させている少年の唇にアシュリンは人差し指を当てる。
「しー、また来ちゃうよ。静かにして?」
素直に頷いた少年は、開いていた唇を閉じて黙り込んだ。
(処刑の日って言っていたわ。処刑されるから手当すらもされず最低限の食料を与えられて、ただ生かされているのね)
これが夢だとしても、少年に対する扱いの酷さにアシュリンは憤りを覚えた。
ベッドから下りて床に落ちたバッグの持ち手を握り、中から紙に包まれた固形食を取り出す。
「これも食べて。冒険者とか非常時用の固形食だけど、栄養価が高いから持って来たの」
紙に包まれた固形食を両手いっぱいに乗せられた少年は、固形食とアシュリンの顔を交互に見てから意を決したように口を開いた。
「……ルーク」
「え?」
「俺の名前」
ぶっきらぼうに名前を伝えられたアシュリンは笑顔になる。
「ルーク、早く怪我が治るといいね」
微かに頷いたルークの全身は赤く染まり、靄がかかっていくアシュリンは彼に向って「またね」と唇を動かした。
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