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「貴方は……」
マントのフードを目深にかぶっているため、顔立ちはよく見えないが男性の髪の色と声は聞き覚えがあった。
短刀を鞘に仕舞い、かぶっていたマントのフードを外した青年は、見覚えのある笑みを浮かべる。
「アシュリン……会いたかった」
目を潤ませる彼は、夢の中よりもずっと大人びていて震える声は夢の中よりも低く、すぐには目の前に立つ男性が彼だと受け入れられない。
「ルーク?」
半信半疑で口にした彼の名。
「きゃあっ!?」
名前を言い終わるよりも早く、感極まったルークは勢いよくアシュリンに抱き付いた。
役人と兵士達は外で待機してもらい、休憩スペースに移動したアシュリンとルークは、椅子を並べて隣り合わせで座った。
「三年前の出来事?」
アシュリンの口から素っ頓狂な声が出る。
「ああ。三年前、父親が亡くなった直後、反乱が起きて俺は捕らえられた。罪人として牢に捕らえられて、絶望していた時に突然アシュリンがやって来たんだよ。最初は、死を前にした恐怖心で幻覚を見ているのかと思ったが、置いて行った兎のぬいぐるみは本物で、アシュリンは幻覚ではないと分かった」
「私も夢だと思っていたわ。だって寝て起きたらいきなり牢の中だったんだもの」
膝の上に置いたアシュリンの手をルークの手が包み込むように握る。
「魔法薬を飲んで怪我と魔力を回復した俺は、牢から脱出して反乱を起こした者達と戦ったんだよ。反乱と混乱を治めるのに二年もかかった。その後の一年は、ずっとアシュリンを探していた」
「待って。ルークにとってあれは三年前の出来事でも、私が夢を見始めたのは一週間前よ。これって魔法が関係しているの?」
時空に干渉する魔法など聞いたことも、学生時代に読んでいた魔導書にも載っていなかった。
とはいえ、面識の無い相手との不思議な出会いと、互いの時間のズレを考えると何らかの魔法が関与しているとしか考えられない。
「魔法が関係しているにしても、俺にとってはアシュリンに出会ったのは三年前のことなんだよ。君を探そうにも、手掛かりは薬箱と体に巻かれた包帯と服、それと兎のぬいぐるみだけだった。探索魔法を使っても反応は無くて世界中を探したよ。それが、一週間前から探索魔法に反応をするようになり、この国へ来た」
「探索魔法が反応をするようになったのは一週間前からって、どういうこと?」
一週間前の出来事を順番に思い出して、アシュリンは息を呑んだ。
「異界の扉を開く実験の爆発に巻き込まれたわ。そんな、異界の扉って、まさかそういうこと?」
「アシュリン」
混乱するアシュリンの頬に手を添えて、ルークは彼女の顔を自分の方へ向けた。
「俺と一緒に来て、俺の隣にずっといて欲しい」
頬を染めたルークからの愛の告白ともとれる台詞も、アシュリンの混乱を増幅させるだけだった。
「え、ちょっと待って! 色々整理する時間とお互いを知る時間、あと、魔法に詳しい友達に事実確認をさせて」
「ああ、あの魔法薬を作った魔女殿は、ここへ来る前に王宮直属の薬師にならないかと勧誘しておいた。魔女殿からアシュリンの家を教えてもらったんだ」
アシュリンの頬に添えていたルークの手は、下へと下がっていき混乱する思考から抜け出せないでいる彼女の肩を抱く。
「勧誘? エメルが私の家を教えたの?」
「喉が飲み込むのを拒否するくらいの、とんでもない味の魔法薬だった。だけど体力魔力を回復させる効果は絶大だったから、是非ともわが国で活躍してもらいたいと思ってね」
ニッコリと笑ったルークの瞳が全く笑っていないと気付き、アシュリンの背中に冷たいものが走り抜けていく。
「えーっと、ルークは領主様よりも高貴な方、なんでしょう? 平民の私が一緒に行っても、身分が違い過ぎて反感を買うだけだし、何より考える時間がほしいな」
肩を抱くルークの手に力がこもり、アシュリンの体を抱き寄せる。
「俺の命を救ってくれた恩人のことを悪く言う者などいない。もしもアシュリンに害意を向ける者がいたら、潰すだけだ」
細められたルークの瞳に、抜き身の刃を彷彿させる冷たい光が一瞬だけ宿り、アシュリンは内心冷や汗を流した。
「ええっと、成人前の弟を置いて行けないわ。この薬局が無くなって困る人もいるでしょうし」
「君の弟も一緒に連れて行ってもいい。弟がこの町に残る選択をするのならば、領主に世話を頼んでおこう。薬局も経営を続けるよう、領主に依頼した。この町へ帰りたくなった時は、出来るだけ帰れるようにする。だから俺と一緒に来てもらうよ」
「そんな、強引すぎるわよ」
涙目になるアシュリンの頬を優しく撫でて、目元を赤く染めたルークは微笑んだ。
「この三年間、本当に長かったんだ。アシュリンに逢いたいと願いながら眠っても逢えなくて、反逆者を粛清している間はおかしくなりそうになったこともある。やっとアシュリンを探せると思ったら、世界中を探し回っても見つからない。ようやく、アシュリンを見つけたんだ。手放すわけ無いだろう」
いったん言葉を切り、アシュリンの手を取るとルークはそっと指先に口付けを落とす。
「ルーク?」
「一緒に来てください」
顔を上げたルークは、上目遣いで顔を赤くするアシュリンを見詰めた。
「俺の天使」
「ええええー!?」
驚愕と混乱、羞恥といった色々な感情が織り交ざったアシュリンの絶叫は、薬局の外で待機している役人の耳まで届いたという。
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