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シュシュシュシュー!
ケトルの注ぎ口から白色の湯気が噴き出して、コンロのスイッチに手を伸ばした栗色の髪の女性は火を消した。
茶葉入りの水筒にケトルからお湯を注ぎ、保温魔法をかけてから蓋を閉める。
水筒と弁当箱をランチバッグに入れて、顔を上げた女性は壁掛けの時計で時刻を確認すると眉を吊り上げた。
「コラッ! シュレッド! 早く支度しないと学校に遅れるわよ!」
両手で新聞を広げて読んでいた栗色の髪の少年は、女性の怒鳴り声に驚いてビクッと肩を揺らした。
シュレッドと呼ばれた少年は、慌てて新聞を閉じて壁掛けの時計を見る。
「あっ、やばいっ。姉さん弁当ありがとう!」
座っていた椅子の下に置いてあった鞄を掴み、姉が用意したランチバックを持ったシュレッドは駆け足で玄関へと向かう。
「じゃあ、行ってくるよー!」
室内履きを脱ぎ捨てて外履きの靴に履き替えたシュレッドは、勢いよく扉を開けて文字通り飛び出して行った。
「行ってらっしゃい! 気を付けて行くのよー!」
半開きの扉から顔を出した女性は、遠ざかっていく弟の背中へ声をかける。
「まったくもう」
脱いだ際に飛んでいき外へ転がる室内履きの片方を拾い、もうすぐ十七歳になるのに落ち着いてくれない弟への溜息を吐いた。
「アシュリン、おはよう」
「シュレッドはもう出掛けたのかい?」
「おはようございます。慌ただしくてすみません」
散歩中の老夫婦と挨拶をかわしてから家へ戻ったアシュリンは、シュレッドに持たせた弁当箱よりも一回り大きい弁当箱を棚から出して、残ったおかずを詰めていく。
「これだけあれば足りるかしら?」
弁当箱に蓋をして、アシュリンは着けていたエプロンを外す。
キッチンカウンターの上に置いていたバインダーを手にすると、バインダーに挟んだ薬品の在庫管理票を捲った。
「軟膏とポーションは出来ているかしら? あとは毒消し薬と吹き出物に効く化粧水も欲しいわね」
在庫管理票を確認して、欠品商品と品薄になっている商品を手帳に書き写していく。
手元の時計によると、時刻は八時前。
開店までの二時間で取引相手の所へ行き、欠品商品を仕入れて来なければならない。
洗面所へ向かったアシュリンは、簡単に一括りにしていた髪を解き、ブラシで梳かして三つ編みに結び直す。
欠品商品を仕入れ終わったらそのまま店に出られるよう身だしなみを整えて、弁当箱と昨夜焼いておいたクッキー入りの紙袋を入れたバスケットを持ちアシュリンは家を出た。
向かう先は、町はずれにある小高い丘の上の一軒家。
栗色の髪と明るい緑色の瞳を持つアシュリン・ジリーは、レドックスという名の田舎町唯一の薬局の若き店主だ。
三年前、遠方の国へ買い付けに行っていた前店主だった両親は、突然起こった内乱に巻き込まれて亡くなり、アシュリンが店を引き継ぐことなった。
「はぁはぁはぁ……」
長い坂を上りきり丘の上の一軒家に辿り着く頃には、アシュリンの息は乱れて額には汗が浮かんでいた。
蔦が外壁を覆い、かろうじて蔦の間からオレンジ色の屋根が見えるこじんまりとした一軒家は静まり返り、物音一つ聞こえない。
ドンッドンドンドン!
住人の寝起きの悪さをよく知っているアシュリンは、人気の感じられない家の扉を力いっぱい叩いた。
「はー、また遅くまで起きていたのかしら?」
研究に没頭するあまり、住人の生活が昼夜逆転しているのはよくあること。
返事が無くとも、集中すれば家の中に居る住民の魔力を感じ取ることは出来て、アシュリンはドアノブを掴んだ。
ガチャリッ。
思った通り、扉には鍵はかかっていない。
体重をかけて、重たい扉を開いた。
「おはよう! エメル~! 起きている? え、これは!?」
家の中に一歩中へ足を踏み入れた時、魔力の大きな乱れを感じ取ったアシュリンは反射的に両手を動かし、顔の前で交差させた。
ドカーン!
爆発音が鳴り響き、アシュリンの視界は充満する白煙によって真っ白に染まった。
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