昔の俺と今の俺、そして

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昔の俺と今の俺、そして

保育園を後にホテルに走り出した文彌、頭の中に今まで過ごしてきた時間が走馬灯のように駆け巡る。楽しかったこと、辛かったこと、そして幸せだった時のこと。 その頃、片桐は、ホテル1階のラウンジで モーニング珈琲を飲んでいた。 撮影最終日、何事もなく無事終了できたことに 片桐は安堵していた。 そこへ息を切らした文彌が片桐の前に現れる。 「片桐さん、俺、俺……」 「文彌? どうした?」 と言うと片桐は広げた新聞を綴じた。 「見つけたかもしれない。由香を……」 「えっ? 友香ちゃんをか?」 少し戸惑った様子の片桐。 「はい、由香、この町にいる。 多分・・いや、絶対いる」 「由香ちゃんに会ったのか?」 「いえ、会ってはないけど、その……俺」 動揺する文彌に片桐が言った。 「わかった。文彌、とにかく今日は撮影の 最終日だ。わかってるよな?やれるよな?」 片桐の言葉を聞いた文彌は冷静さを取り戻すと「大丈夫です。心配しないでください。 もう、昔の俺じゃないですよ」と言った。 この日、片桐の心配をよそに文彌は撮影を淡々とこなし、『岬浜海岸』での撮影は無事終了した。 夕陽が車に差し込む頃、片桐の運転する車の中で片桐が文彌に言った。 「撮影お疲れ様、疲れただろ?大丈夫か?」 「大丈夫ですよ。やっぱりロケはいいな。色々な人との出会いもあったし」 「そうだな。ところで、文彌……」 と片桐が言葉を濁す。 「片桐さんが言いたいことはわかってます。 俺が由香を探すんじゃないかって心配してるんでしょ?」 「しませんよ、そんなこと心配しなくていいですよ。俺ちゃんと仕事しますから朝は、少し驚いただけです。もし、仮に由香だとしても今の彼女、もしかしたら『別の誰か』と幸せなのかもしれないなって 思って……だから、今更俺が現れたら逆に不幸 にするかもしれない」 「どうしてそう思うんだ?」 「名前が……名前が違ったんです。 『ふ~ちゃん』のお母さんの苗字が 『つざき』って」 文彌は窓の外を見ながら悲しそうに言った。   そんな文彌を見ながら、片桐は無言で車を 走らせる。 岬浜海岸の美しい夕焼けの中、文彌を乗せた車が海岸線を走っていった。 数日後の事務所の社長室、社長が文彌に言った。 「ロケお疲れ様、映画撮影も無事終了したのね。よかったわ」 「ありがとうございます お陰様で無事終わりました」 「ロケ中、何か変わったことはなかった?」 「特に何もありませんでしたけど」 と言うと文彌は部屋を出て行った。 社長が片桐に言った。 「どう?」 「少しだけ気づいたようですが、ただ……」 「ただ? 何?」 「特に追いかけるようなことは しませんでした。昔の文彌だったら、 全てを投げ捨ててでも追いかけて いたでしょうけどね」 「大人になったんでしょ。  彼も……『彼女の幸せ』を  考えることが出来るようになった」 「でも、本当にこれでいいんでしょうか? 文彌も、その、彼女も幸せになれるのでしょうか?私は、後悔してます。あの時……」 「片桐、もういいでしょ? 次の打ち合わせの時間よ」 と言うと二人は部屋を後にした。 「片桐さん、すみません。 こんな時まで送迎してもらって」 「何言ってんの。いいよ、このくらい、 俺、車の中で待ってるから」と片桐が言った。 文彌は久しぶりに実家を訪れていた。 「忙しいのに、ごめんなさいね」 と叔母の良子が言う。 「いいよ、気にしないで。 たまには実家もいいなって思ってから」 「そう、よかった じゃあ、これ 今頃って感じだけど……」 と良子が文彌の前に書類を置いた。 「生命保険保険金支払いについて」と書いてある書類、純平と玲子の事故後、保険金は一度支払われたが、再度支給が認めれ、手続きのために良子から文彌に連絡があったのだった。 「文彌君、ここにサインして そう 代理請求者及び受給者名の欄ね。」と良子が言う。 「わかった」と文彌は書類にサインをした。 サインをし終えた文彌の視線がある一部分に 集中する。 『津崎由香』という文字、 「津崎由香」と文彌が呟いた。 「あ……これはね」良子が慌てて書類を 文彌から受け取った。 「叔母さん、由香の居場所知ってるの?」 と文彌は良子の顔を見上げた。 「文彌君あのね」と言い出した時、文彌は何かを思い出したように2階に駆け上がって行った。 2階には両端に由香と文彌の部屋、そして真ん中に使用してない部屋がある。 文彌はその真ん中の部屋に入ると、本棚から古いアルバムを数冊勢いよく引き出し床に落とした。 急いでアルバムを開きページをめくる。何かを探すように…… 「あった……」文彌が呟いた。 そして、数冊の広げられたアルバムの横に白い封筒に入った手紙が落ちているのを見つける。 「一緒に落ちたのかな?」とその封筒を開けて中の手紙を読みだした。 手紙の宛名は『由香と文彌へ』差出人は『二人の両親、純平と玲子』からのものだった。 文彌は広げたアルバムの前でその手紙を、時間をかけてゆっくりとゆっくりと読んだ。 文彌の眼から涙が流れ落ちる。 どの位の時間が過ぎたのだろう? 1階では、 リビングに片桐を招き入れた良子がお茶を 出しているところだった。 2階から凄い勢いで下りてきた文彌が言った。 「片桐さん、鍵」 「鍵?」驚いた片桐が言った。 「鍵、車の鍵貸して!早く!」 「ああ」と片桐は文彌に車の鍵を渡す。 「戻るまでここで待ってて」と片桐に言い残すと文彌は玄関を飛び出し車で走り去った。 「どこに行ったのかしら?」と良子は片桐に 微笑みながら言った。 「さあ、どこに行ったのでしょうね」と 片桐も同じく微笑んだ。 車は海岸線をひたすら走る。 あたりはもうすぐ夕方になろうとしていた。
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