30人が本棚に入れています
本棚に追加
岬浜海岸で
『岬浜海岸』と示された案内板の下を通り過ぎた。文彌、時刻は16:30をまわっていた。
車を走らせ目的地に辿り着いた文彌は車を停めるとエンジンを切った。
『こばと保育園』ふ~ちゃんが通う保育園前、
門の前にはお迎えの車はなく、その代わりに一人の保育士の先生が掃き掃除をしていた。
見覚えのある先生に文彌は声をかける。
「あの、すみません、つざきふみと君は
いますか?」
「はい?えっと~。あっ!立花文彌」と先生は驚いて思わず文彌を呼び捨てにする。
その先生は以前、文彌とふ~ちゃんの写真を撮ってくれた先生だった。
「つざき ふみと君はまだいますか?」と文彌はもう一度聞き直す。
「あっ!今し方、お母さんがお迎えに来て帰って行きました。」
「そうですか」とがっかりした表情を見せた文彌を見た先生が、壁の一枚のポスターを指差して言った。
「あ~。これ……そう言えば、今日、ふ~ちゃんとお母さんこれの手伝いに行くって言ってたから、そこにいるんじゃないかな」
「これ?」文彌が見たポスターには
『夜空の観察会』と記載してあった。
「開催日は今日の夜、場所は岬浜海岸灯台前公園」文彌は先生を見ると笑顔で
「ありがとうございます」と伝え車でその場を後にした。
それを見送る先生は「立花文彌、カッコイイなやっぱり……」と言った。
室内から、別の年配の先生が出て来て言った。
「誰か来たの?」
「いいえ、誰も来てませんよ、園長」
と言うと先生は掃き掃除を続けた。
「あと少し、あと少し……」と手を
引かれたふ~ちゃんが駐車場から伸びた坂道を歩く。
「ふ~ちゃん、もう少しだよ。頑張れ!」
と母親はふ~を励ます。
「公園に着いたらお菓子とジュース飲もうか」
「うん、ママ、きょう、キラキラぼしみるの?」とふ~ちゃんが母親に言った。
「そうだよ~。さあ、着いた。」灯台前公園、二人は海が見えるベンチに、
公園入口を背に座った。
ベンチに広げられたお菓子と紙パックのジュース、海に沈み始めた夕陽が二人を照らす。
ふ~ちゃんは、ベンチの周りを走り回ったり、地面を歩く『ありさん』を観察したり、時に母親に笑顔を見せたり、とにかく可愛らしい。
母親はふ~ちゃんを見ながらスマホの画面を操作し、カメラモードにした。
突然、母親の後ろから声が聞こえた。
「由香!」
その声に驚いた母親が立ち上がり振り向いた。
振り向いた母親が見たものは、夕陽を浴びながら、息を切らして立っている文彌の姿だった。
「文……」母親が呟く。「ママ?」と
ふ~ちゃんが母親の上着の裾を握りながら顔を見上げた。
「由香、こんな所に居たなんて」と文彌が由香の元に駆け寄ろうとする。
慌てた由香が言った。
「ちょっと待って!」由香が手を目の前に
翳す。
「え? 何で?」と文彌は立ち止まる。
「ちょっと、突然だから、今 物凄くビックリしてる。少し時間ほしい。その、落ち着く
まで」
「ああ、そうか、じゃあ、少しだけここで」と文彌が立ち止まった。
それを見た友香が笑いながら言った。
「変わってないね。文、そういうところ、
全然変わらない」
「そっちこそ……まんまじゃん。」
と文彌も微笑んだ。
公園内のベンチに座る文彌と由香、ふ~ちゃんは相変わらず自由に回りを駆け回る。
「元気だった? 突然いなくなるから、
俺……心配してたずっとずっと。
今までに何があったの?」
「文こそ、元気そうで何より。大活躍じゃん、
ドラマに映画。
すっかり、大人になって」
「話を逸らすなよ。ちゃんと言って!
その……由香、結婚したのか?」
うつむいたまま無言になった由香。
沈黙が二人を包む。
「あの子、ふ~ちゃんの父親って誰?」
「文には関係ない」
顔を上げた由香が語気を強めて言った。
「関係あるよ。ふ~ちゃんの父親って
俺だろ?」
「ちがうって!ちがうよ。文じゃない」
と否定する由香。
「ちがわないよ!だって、ふ~ちゃん、
俺のガキの頃のまんまの顔してるじゃん」
夕陽が二人を照らす。日没はもうすぐ。
文彌の家、2階の部屋の床に広げられたままの
アルバム……。
ページには、純平と玲子の間で笑う由香(4歳)と『ふ~ちゃんにそっくり』な文彌(2歳)、4人の写る写真が収められていた。
何も言えない友香。
文彌は、ふ~ちゃんを呼び寄せる。
「ふ~ちゃん、おいで」
「あっ!おにいちゃん」文彌に気づいたふ~ちゃんがトテトテと走り寄って来た。
文彌はふ~ちゃんを抱きしめ、抱き上げると、
由香の手を取り言った。
「由香、行こう!」
驚いた由香が言った。
「えっ?行くって何処に?」
「いいから、行くぞ」と強引に由香の手を引き歩き出す。
「痛いよ。文……何処に行くの?」
坂道を無言で歩く文彌。駐車場に着くと、車のドアを開け、「乗って!」と言うと由香と
ふ~ちゃんを後部座席に乗せ車を走らせる。
日没後の海岸線、紫色の空、文彌の車は
『岬浜海岸』を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!