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「それにしても、幸崎先生はなぜ母方の姓を名乗っているんでしょうね?」
「ああ。……え?」
あまりにも自然な流れで渚が言ったので、そこにとんでもない爆弾発言が仕込まれていたことに、風間は一瞬気づけなかった。
「母方? なぜ幸崎が母方の姓を名乗っているとわかる?」
「私だってこの間、何もしていなかったわけではないんですよ。父親が法人類学者だと、幸崎先生がおっしゃっていたでしょう?」
渚はスマホの画面から顔を上げた。
「2023年現在、日本国内に法人類学者はそう多くありません。ネットで調べたり、研究所や大学へ問い合わせたりしましたけど、『幸崎』の苗字で始まる法人類学者は存在しないようなのです」
「幸崎がぼくたちに『父親が法人類学者である』と嘘をついていた、ということ?」
「しかし、出会って数分もしない私や風間さんに嘘をつく理由もありませんよ。彼が婿入りをしていないのであれば、少なくとも幸崎さんの苗字は父方ではないことになります」
「だからあの時、幸崎先生が独身かどうかを聞きたがったのか」
「風間さんに止められましたけど」
渚が言葉で風間をちくりと刺した。
風間は、幸崎総一郎と出会った当初感じた記憶の明滅を、再び感じた。ただ記憶が掘り起こされようとしているのではなく、そこには警告にも似た強い拒否反応が伴っている。
これ以上、思い出すべきではない。
「じゃあ……あの幸崎という法医学医が父親の姓を名乗っていない理由はなんだろう?」
「さあ。そこまでは。プライベートかつデリケートな話題かもしれませんし」
父親の性を名乗らない理由など、風間には数える程度にしか思い浮かばなかった。親が再婚したか、養子縁組か、あるいは──。
風間の思考に被さるように、古代邸のインターホンが鳴った。
「解剖結果が来たんでしょうか?」
「いや、メールのはずだが……見てくるよ」
好奇心に目を丸くした渚を部屋に置き、風間は玄関へ直行した。
扉を開けると、果たしてそこには元倉と安田ではなく、幸崎総一郎が立っていた。
風間は挨拶もすっぽ抜けて、目の前の男に仰天する。
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