エピローグ

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「安田さんは、痴情が絡んだ事件はたいてい突発的だと言いたいのでしょう。基本的に突発的な事件は計画犯罪よりずさんで、構造は単純です。そこに知恵を絞るような謎があるほうが珍しい」 「あるはずのない謎があるから、渚向きだと?」 「父は犯罪の猟奇性をロジカルに解く人でしたけど、私は違いますから。エモーショナル重視です。警察のかたの中でも『本当にあの古代善の息子なのか』と噂になっているようですよ。まったく好き勝手言ってくれますよね」 「……」 「風間さん?」 「渚ももう、立派な探偵なんだね」  失笑の吐息がした。 「なんですかそれ」  風間は渚が着替え終えるのをぼんやりと待ちながら、幸崎が捕らえられた後のことを思い出していた。  捕まった幸崎総一郎は、解剖結果の虚偽申告で法医学医の資格を剥奪された。加えて死体の捏造と遺棄。さらには渚の推理どおり、それを実現するための殺人も明るみに出た。現在は裁判を控え拘置されている。  死体遺棄罪の公訴時効は三年だという。十三年前に筒木肇の遺体を遺棄したことについて、風間は刑事罰こそ問われなかった。だがそれでも己の罪が消えるわけではない。  入院中は、善の探偵としての名誉と渚の生活を守るためとはいえ、犯した罪に押し潰されそうになった。  そのたびに、渚が抱きしめてくれた海の夕暮れを思い出す。  ──ぼくは渚に救われたんだな。  今度こそ後悔したくない。生きて罪を償い、生きて渚のそばにいるのだ。強固な決意が風間に湧き上がった。  罪滅ぼしと実益が重なっている探偵助手はよい職業だ。事件を解く探偵を支え続ける。それが風間の生き甲斐だった。  着替えを終えた渚が風間の前に立ち、「どうですか」と背筋を伸ばした。  今日は現場に行っても不自然のない落ち着いた色合いのスーツで、背の低い渚にもしっかりと存在感のあるように作られたものだ。腰の細いくびれが強調されていて、男性用でありながら渚が着るとどこか色気がただよう。 「似合う」 「いえ、身だしなみのほうです」  風間は苦笑しながら、襟の後ろについている埃を指でつまんだ。 「これでいい」 「よかった」
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