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プラトニックは削れない。
なのに、想いを我慢しつづけて、削り殺せないものを削っているものと勘違いしていた。吐き出したい時に吐き出すことすら、いつの間にかできなくなるほどに。
「ぼくはあなたに告白できない代わりに、あなたに理想を押しつけ続けていた。あなたを追い詰めて、殺したも同然です」
のたうちまわるような心の奔流に耐え抜いて、風間はやがて顔を上げた。
「渚に対しても、同じことを繰り返したんですね、ぼくは。間違いだらけなのに、それでも渚は、いつもぼくのそばにいてくれた。優しくて、暖かくて、安心できた。渚はぼくの……」
──恋人というには愛おしすぎて、伴侶というには清らかで、家族というにはあまりにも強固な……。
「渚は、ぼくがぼくであるための、魂の一部です」
風間は涙を止められなかった。目の前に座る善の顔の輪郭すらわからないほどだった。
「だけど先生を喪ってから、渚の身に何かが起こるのが怖くて、そばにいることにあぐらをかいて、けっきょく何も言えないまま……渚を深く傷つけて、独りにして、愚かなぼくは死ぬんですね」
善に何を言っても答えてくれないことは、もう知っていた。
風間は渚に対する後悔でいっぱいで、テーブルに落とした涙の上にまた額を乗せて呻いた。
「渚……っ」
そんな風間の頭に、くしゃりと、柔らかい感触がした。
顔を上げた。
善は椅子から立ち上がり、手を引っ込めて、出口に向かって歩いて行くところだった。
「待って」
椅子から転げ落ちる。善の脚に縋ろうとして、だがそんな気力もなかった。その場で泣き叫んだ。
「ぼくも連れていってください……!」
善が振り返って、こちらを見た。
哀しげに微笑んでいた。
風間は明るすぎるリノリウムに膝をつけたまま、追いかけることもできず、善の消えていく背中を見届けるしかなかった。
音のない、白い店内に、風間は取り残された。
振り返って窓辺を見た。だが目覚めた時にその場にいたはずの小さな渚の姿は、なかった。
店内は風間ひとりになっていた。
──探しに行かなければ。
「渚……!」
風間は立ち上がり、一歩を踏みだした。
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