62人が本棚に入れています
本棚に追加
「安田さんは、痴情が絡んだ事件はたいてい突発的だと言いたいのでしょう。基本的に突発的な事件は計画犯罪よりずさんで、構造は単純です。そこに知恵を絞るような謎があるほうが珍しい」
「あるはずのない謎があるから、渚向きだと?」
「父は犯罪の猟奇性をロジカルに解く人でしたけど、私は違いますから。エモーショナル重視です。警察のかたの中でも『本当にあの古代善の息子なのか』と噂になっているようですよ。まったく好き勝手言ってくれますよね」
「……」
「風間さん?」
「渚ももう、立派な探偵なんだね」
失笑の吐息がした。
「なんですかそれ」
風間は渚が着替え終えるのをぼんやりと待ちながら、幸崎が捕らえられた後のことを思い出していた。
捕まった幸崎総一郎は、解剖結果の虚偽申告で法医学医の資格を剥奪された。加えて死体の捏造と遺棄。さらには渚の推理どおり、それを実現するための殺人も明るみに出た。現在は裁判を控え拘置されている。
死体遺棄罪の公訴時効は三年だという。十三年前に筒木肇の遺体を遺棄したことについて、風間は刑事罰こそ問われなかった。だがそれでも己の罪が消えるわけではない。
入院中は、善の探偵としての名誉と渚の生活を守るためとはいえ、犯した罪に押し潰されそうになった。
そのたびに、渚が抱きしめてくれた海の夕暮れを思い出す。
──ぼくは渚に救われたんだな。
今度こそ後悔したくない。生きて罪を償い、生きて渚のそばにいるのだ。強固な決意が風間に湧き上がった。
罪滅ぼしと実益が重なっている探偵助手はよい職業だ。事件を解く探偵を支え続ける。それが風間の生き甲斐だった。
着替えを終えた渚が風間の前に立ち、「どうですか」と背筋を伸ばした。
今日は現場に行っても不自然のない落ち着いた色合いのスーツで、背の低い渚にもしっかりと存在感のあるように作られたものだ。腰の細いくびれが強調されていて、男性用でありながら渚が着るとどこか色気がただよう。
「似合う」
「いえ、身だしなみのほうです」
風間は苦笑しながら、襟の後ろについている埃を指でつまんだ。
「これでいい」
「よかった」
最初のコメントを投稿しよう!