2023年6月(2)

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「『安静』とは体を動かさずに静かにしていることですよ。私はこうしてベッドで安静にして、シルフィからいなくなったイブキくんを心配して、目撃情報をエゴサしているだけです」 「スマホをいじると脳が安静じゃない」 「でも熱も下がりましたし」渚はスマホの画面を風間に突きつけた。「それに、見てください。SNSで『熱を出した』とつぶやいたら、こんなに心配してくれる人がいるんですから」  風間は端末を手に取った。 『38.5度の発熱。初仕事を張り切りすぎました……』  SNSの渚のつぶやきに対し、大量のリプライが来ていた。大抵は『無理は禁物ですぞー』やら『お大事に』など、当たり障りのない会話ではある。  渚がネット上でつながっている知り合いについては、風間もある程度知っていた。なかには『○○たんペロペロ』や『○○しか勝たん』や『○○、そういうとこやぞ……』とアニメに対しての偏愛じみたつぶやきをする方々も多く、風間は渚にSNSを控えるよう言うべきか大いに迷ったことがある。彼らが渚を女性と勘違いしている節すら見受けられるからだ。  しかし、やんわりとした忠告のたび渚には、 「風間さんは電子機器やネットには疎いんですから! 私が大丈夫だと言ったら大丈夫なんですから!」  と反論されて、何も言えなくなる。  とにかく、まあ、渚が大丈夫だと自負しているし、病気を心配してくれるだけ善良な方々なのだろう。 「でも四六時中スマホを触っているなんて、もう中毒手前になっていないか? きみの頭脳に傷がつくようなことは、できればやめてほしいんだよ」  すると渚は、目をうるうると潤ませた。 「スマホを取り上げるのはつまり、私からお友達を奪うってことですよ。そんな残酷なことができるんですかっ」 「わかった、わかったよ。適度に休んでくれるなら、それで」  風間は降参して両手を挙げ、ついでに部屋を整理することにした。窓にほんの少し隙間のあったカーテンをぴっちりと閉め、渚が飲んだ頓服薬の袋と飲みさしのコップを下げ、洗濯に出す彼の服を拾い集めた。  当の本人はスマホに釘付けになりながら、声だけで風間に問いかける。 「あれから事件について、何か進展はありましたか?」 「まだないが、もうそろそろ解剖の結果が上がってくるはずだよ」 「解剖は……幸崎さんがするんでしたね、たしか」  風間が元倉から聞いた話だと、幸崎総一郎は、警察が解剖の嘱託をしているS大の法医学教室にいるのだそうだ。 「解剖結果が上がってきたら、資料を転送してもらうよう警察には頼んでいる」
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