2023年6月(2)

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「幸崎、先生……?」 「こんにちは」  こうして真正面から幸崎と対峙していると、相手の背の高さが際立つ。おそらく百八十後半はあろうか。 「あはは。驚かれましたか。いち早く解剖結果をお届けしたくてですね、警察に送るついでにあなたがたの家にも資料を届けてしまおうかと。とはいえメールアドレスは存じ上げないので」  幸崎の早口の通り、彼の左手には資料の挟まれたバインダーがある。  警戒心が頭をもたげた。間違ってもこの男を渚に引き合わせてはいけないと思い、風間は屋敷の扉を閉めた。 「あはは。もしかして警戒されてます?」 「なぜ、我々の家の所在地がわかったのです」 「谷中銀座、いいところですよね。さっき通ってきましたけど」 「質問に答えてくれませんか」 「あはは。あなた、意外と鈍いんですね。……探偵助手が聞いて呆れる」  先ほどまでは陽気で、むしろ滑稽ですらあった幸崎の声が、一気に氷点下まで落ち込んだ。 「あはは。失礼、すみませんね。風間さん、僕はずっとね、あなたの名前は知っていましたよ」  風間は一歩後じさった。  その距離の取りかたを許すまいと、幸崎が同じ歩幅分を詰め寄る。 「ど、どういうことです?」 「正確には、十三年前。『頭部のない死体』事件であなたのことを知りました」  風間の脳内で、記憶が再び明滅した。場面が写し取られた写真のように、一秒ごとに過去の記憶を風間へ見せていく。 「僕は当時、医学部の四年生でした」  総一郎。幸崎総一郎。  急に、先ほど渚が言った言葉が風間の脳内で再生された。  ──幸崎先生はなぜ母方の姓を名乗っているんでしょう? 「あ……」 「あはは、やっと気づきました?」  十三年前、『頭部のない死体』事件の資料に初めて触れた十三年前のことが、風間の脳内に映し出された。 「幸崎総一郎……あなたの父親の名前は……」 「そう」幸崎が目を細めた。「筒木肇は僕の父です」  風間は息を飲んだ。  そうだ。彼は肇の息子、筒木総一郎だ。  なぜ今まで気づかなかったのだ。  筒木肇を追い詰めるため、家族や交友関係の資料には目を通していたはずなのに。いや、筒木の妻の旧姓までは確認していなかったかもしれない。だが、筒木の息子の名前が『総一郎』だという事実には、一度以上目を留めていたはずだった──。  背中に扉の感触がした。風間はいつの間にか距離を詰められていて、幸崎が資料を持っていないほうの手で、扉にバンと手を突いた。 「僕は父の行方を十三年も探していましたよ、風間さん。あなたと古代善が取り逃がした父をね」 「た、たしかにそうだ。だけど取り逃がしたことで古代先生が恨まれるいわれはない。猟奇殺人鬼で、法を犯しておきながら、後ろめたくも逃げた。卑怯なのはあなたの父だ……!」 「あはは、なぜいきなり弁明じみたことを言い始めるんです? まるで僕が脅してるみたいじゃないですか」  喉が干上がって、何か言わなければならないと、風間の頭が勝手に回転する。
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