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風間封悟はもう何度目かもわからず、出迎えた新顔の刑事たちが毎度似たような反応をするさまを、冷ややかに見つめていた。
彼らが驚くまでの道筋はこうだ。
東京は谷中の住宅街から少し歩くと、三角屋根が二つある西洋様式の──正確にはスコティッシュ・バロニア風の──レンガ造りをした豪邸が現れる。応接室から続く出窓の先には十二畳ほどのサンルームが付いていて、季節の花が咲く庭を一望できる。よって邸宅は外観だけなら植物園に見えるかもしれない。
日本で唯一といわれた諮問探偵・古代善の息子が住む『古代邸』である。
古代邸にやってきた客は、まず建物の豪華さに気圧されるか、呆れ返るのが常だ。
そういうわけで風間は、もらった名刺から顔を上げて、刑事二人の表情を冷ややかに見つめていたのだった。中年のほうは元倉警部補、若手は安田巡査部長という。典型的な経験者と新人のコンビだ。
「──それで、ご用件は古代渚との面会でよろしかったですか」
「そうだ。で、あんたは?」
元倉がぞんざいに聞き返してきた。
「申し遅れました。建物と住人の世話を預かっている風間です」
「ああ、元助手の」
この単語も、風間は何度聞いたかわからない。そして大抵の場合、言葉は異口同音にこう続く。
「健気にも探偵様の助手から、その息子の世話係に転向ってわけか」
「……今日は六月なのに、汗ばむほどの陽気のようですね」
風間は元倉の言葉を黙殺して背筋を伸ばした。
「お茶を出す程度のことしかできませんが、どうぞ、ご案内します」
風間は踵を返して二人を屋敷に招き入れた。安田はぐるりと首を回しつつ、長く広い邸宅の廊下を見渡す。
「二人で住むにしては、ちょっと豪奢すぎやしませんかね」
続いて小声の会話が風間の背後で交わされた。
「門前払いはされませんでしたけど、引き受けてくれるんですかね?」
「引き受けてもらわなきゃ、困る」
おそらくこの二人も、事件の捜査責任者から「古代渚に捜査協力を取り付けるまで戻ってこなくていい」と言われているのだろう──風間はそう推測した。
残念ながらというべきか、渚は十三年のうち一度も邸宅の外へ出ていない。つまるところ、警察に全面協力した試しがないのだ。今回の事件も引き受けられることはないだろう。
当の風間は、警察からの依頼は断れと都度渚に言い含めている。お茶を出す程度とはそういう意味であって、本当なら安田の言う通り門前払いをしたいくらいだった。
風間はたどり着いた応接間の両扉をノックした。まろやかで中性的な声が返事をしたので、そのまま扉を押す。
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