2023年6月(2)

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 この男は何を考えているんだ? 自分の父親を犯人だと暴き立てた探偵への逆恨みか? それとも、家庭を崩壊させた父親を裁きの俎上(そじょう)に上げず逃したことに対する恨みか? それとも──。 「筒木の犯行が、あなたがた家族を崩壊させたかもしれない、だが……」 「何か勘違いをしているようですね」  幸崎がどこまでも鋭い、爬虫類の目で風間をにらみつける。 「猟奇殺人鬼。たしかにそうだ。母はそれで僕の苗字を変えてしまいましたが、僕は今でも父を尊敬していますよ。大尊敬だ。彼がまだ僕ら家族の元にいれば、僕は父の弟子になって法人類学者になっていた。僕は父の系譜を継いでいました」  幸崎は、解剖結果資料を風間の胸に叩きつけた。  風間は震える手で解剖結果報告書のバインダーを受け取り、開いた。身元の名前が書かれた解剖検査死体欄を確認する。  解剖(検査)死体  名前:筒木肇(男性)  ひゅっ、と喉元で音がした。  自分が呼吸を飲み込んだ音だと気づくのに、風間は何秒も時間を要した。それくらい、何も考えられなかった。  数日前、八王子で見たあの白骨死体が、筒木肇だったというのか……?  ──。  風間の脳内をその五文字が支配した。  その考えを読んだ上であざ笑うかのような幸崎の笑い声が、やけに風間の耳をついた。 「僕はこの結果を恨みますよ。こんな結果になった原因を探し出して、父をこんな目に遭わせた人間をどこまでも追い詰めて、追い詰めて、殺します。」 「何を……!」  ──まさか、こいつは筒木肇の代わりにでもなるつもりか? 「正気か……?」 「正気も正気。父は目的の人間を殺し損ねた……ええ。しかし僕という予備を遺していきました。やはりね、どんなものも二つ持つのがいいんです。そういうわけで早速ですが、父が成し遂げられなかったすべてを成し遂げる。僕の使命は二つです。父を殺した人間をまず殺す。そして父が殺したい人間を殺す」 「今の言葉、警察にそのまま言いますよ」 「言ってみてくださいよ。戯言だと流されるだけだ」  幸崎は笑顔のまま、だが態度は苛立ち交じりに、革靴の底を執拗に叩いた。 「ねえ風間さん……たしか父が最後に殺そうとしていたのは……古代善ですよね。しかしね、父だったら、先にその子供を殺すと思うんですよね、相手を(もてあそ)ぶために。となると、父はまず古代渚に目をつけたと思います。彼を殺すのは本意じゃないんですがねえ。あの子の骨は、蘭の茎のように手折れそうだから……」  風間は殺気立った。 「渚に手を出すなら、その前にここであなたを殺す!」
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