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この男は何を考えているんだ? 自分の父親を犯人だと暴き立てた探偵への逆恨みか? それとも、家庭を崩壊させた父親を裁きの俎上に上げず逃したことに対する恨みか? それとも──。
「筒木の犯行が、あなたがた家族を崩壊させたかもしれない、だが……」
「何か勘違いをしているようですね」
幸崎がどこまでも鋭い、爬虫類の目で風間をにらみつける。
「猟奇殺人鬼。たしかにそうだ。母はそれで僕の苗字を変えてしまいましたが、僕は今でも父を尊敬していますよ。大尊敬だ。彼がまだ僕ら家族の元にいれば、僕は父の弟子になって法人類学者になっていた。僕は父の系譜を継いでいました」
幸崎は、解剖結果資料を風間の胸に叩きつけた。
風間は震える手で解剖結果報告書のバインダーを受け取り、開いた。身元の名前が書かれた解剖検査死体欄を確認する。
解剖(検査)死体
名前:筒木肇(男性)
ひゅっ、と喉元で音がした。
自分が呼吸を飲み込んだ音だと気づくのに、風間は何秒も時間を要した。それくらい、何も考えられなかった。
数日前、八王子で見たあの白骨死体が、筒木肇だったというのか……?
──ありえない。
風間の脳内をその五文字が支配した。
その考えを読んだ上であざ笑うかのような幸崎の笑い声が、やけに風間の耳をついた。
「僕はこの結果を恨みますよ。こんな結果になった原因を探し出して、父をこんな目に遭わせた人間をどこまでも追い詰めて、追い詰めて、殺します。僕は父の予備だ」
「何を……!」
──まさか、こいつは筒木肇の代わりにでもなるつもりか?
「正気か……?」
「正気も正気。父は目的の人間を殺し損ねた……ええ。しかし僕という予備を遺していきました。やはりね、どんなものも二つ持つのがいいんです。そういうわけで早速ですが、父が成し遂げられなかったすべてを成し遂げる。僕の使命は二つです。父を殺した人間をまず殺す。そして父が殺したい人間を殺す」
「今の言葉、警察にそのまま言いますよ」
「言ってみてくださいよ。戯言だと流されるだけだ」
幸崎は笑顔のまま、だが態度は苛立ち交じりに、革靴の底を執拗に叩いた。
「ねえ風間さん……たしか父が最後に殺そうとしていたのは……古代善ですよね。しかしね、父だったら、先にその子供を殺すと思うんですよね、相手を弄ぶために。となると、父はまず古代渚に目をつけたと思います。彼を殺すのは本意じゃないんですがねえ。あの子の骨は、蘭の茎のように手折れそうだから……」
風間は殺気立った。
「渚に手を出すなら、その前にここであなたを殺す!」
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