2023年6月(1)

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 部屋の出窓から差し込む光に目が慣れると、テーブルのそばにいる華奢な人物が輪郭を浮き上がらせた。毎日姿を見ているはずの風間ですら、思わずたじろいでしまうほどの美貌だ。  古代渚はフランネルのネクタイをしたスーツ姿で、ジャケットの下から覗く体つきはともすれば女性と見紛うほど細く、小柄だ。およそ日本人離れした白い肌に、顎は細く鼻梁は高く、顔立ちはまるで天使がそのまま青年に成長したかのようだ。だが目だけが思慮深くも鋭く、探偵だった父の名残を物語っている。 「渚、向かって右手が警視庁の元倉警部補、左手が安田巡査部長と言うそうだ」  二名の警察官が美貌に釘付けになっている間、風間は渚に近づいて名刺をテーブルに置き、形式的な紹介を済ませてしまった。  渚の表情が動く。薄く唇を引いて微笑むさまは丁寧で暖かく、世話人たる風間とのギャップに驚く者も多い。 「どうぞ、おかけください」  渚の声は、中学生男子にも三十代女性にも似た、角のない中性的な色をしている。彼が口をひらけばあとは当人同士のみの会話だ。風間は黙ってティーワゴンの前に立ち、ティーポッドの中身を氷入りのグラスに注いだ。  各々テーブル席につくと、元倉はペースを自分の有利な側に持ち込もうと、テーブルに身を乗り出した。 「回りくどいことは抜きにしてな、」 「では、ご足労いただいたことろ大変恐縮ですが、今までいらした刑事さんと同じことを平に申し上げるしかありません」渚は元倉の求めている答えを即座に、かつ単刀直入に述べた。「私に父の代わりは不可能ですよ」  会話に耳を傾けつつ、風間は音もなく客側に紅茶のグラスを置いた。 「古代さんは協力を拒み続けてますけど」と、安田。「実際、断る口実でちょっと資料を見て下さった助言から、事件が解決したこともあるって話じゃないですか」 「目に入ってしまったものは、そうですね」 「ぼくらの事件も同じように資料を見てパッと解決してくださらないかなぁ、ってことです」 「あんたの観察眼は父親以上って噂だ。その知恵を絞って、救える遺族を救おうって気はないのか?」  元倉が部下へ援護射撃を加えてくる。 「あんたいくつだっけ、古代さん」 「満十八、今年で十九です」 「成人してもここにガキみたいに引きこもってるつもりか」 「そう言われましても……」  渚は二人の刑事を前に恐れるどころか、むしろ面白がっているふうに目を細め、鷹揚に指を組んだ。 「私は父のように、現場に出た経験はありませんし。大事なヤマを素人に任せるのは、あなたがたにとっても心底業腹なはず。そうでしょう?」 「こっちだってやれるもんなら、おたくにお願いするなんて酔狂、してやらないんだがね」  古代善が警察顧問になれたのは、法務省に勤務している彼の兄のコネによるものだ。警察が民間人である渚に捜査協力の辞令を下せるのは、その名残だった。
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