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風間は広く長い廊下を抜け、入口を通り過ぎ、門の前までしっかりと刑事二人を見送った。間違ってもたむろされることがないようにだ。
安田とともに車に乗り込んだ元倉が助手席の窓を開け、顔に愛想笑いを貼り付けながら風間を見上げた。
「うちの新人が失礼をやらかしたみたいで、すみませんね。また来ますよ」
「二度とお会いしないかと思うので、一つ忠告を」
風間は冷たい面持ちで元倉を見下ろした。
「渚があなたがたに協力できないのは、決して警察に意地悪をしているからではありません。あの事件で渚は深い傷を負った……そういう危険に二度と遭遇させたくないだけです」
風間は決意を込めて深く息を吸い込む。
「あなたがたが今後もそのような危険に渚を誘うのであれば、あの男の名前は二度と出さないでください。どんな形であれ、渚を苦しめるやつがあったらぼくが縊り殺します」
「……警察官の前で言う言葉じゃねえわな」
元倉は澱を含んだ声でつぶやき、窓に腕を預けた。
「風間さんさ、あんたが古代渚を腐らせてるって自覚を持ってもいいんじゃないかね」
「はい?」
「十三年もの間、保護者がわりのあんたが、あの建物に坊ちゃんを閉じ込めているようなもんだろ。立場が立場なら毒親と言われていてもおかしくねえ。文字通り、どんな人間だって早晩腐り落ちるわな」
風間は否定の意を込めて背筋を伸ばした。
「ぼくは渚を生かすためにここにいます」
「古代善だって死んだだろ」
元倉の一言が、今まで鉄壁だった風間の心を強く穿つ。
記憶は一気に、古代善を喪うきっかけとなった十三年前の忌まわしい事件へ飛んだ。
『頭部のない死体』事件──2009年の8月から翌2010年の2月にかけて、男性五名が殺害され頭部が持ち去られた連続殺人事件だ。
犯人は筒木肇という男だった。人間の骨の鑑定を専門に扱う法人類学者であり、妻と息子が一人いる所帯持ちだ。しかしその正体は、ゆがんだ同性愛の果てに己の嗜好を満たす男を殺し続け、頭部を持ち去って保管していた。筒木は巧妙に証拠を残さず、連続殺人だということを警察が気づかなかったくらいだ。
当時から警察に協力し、探偵としての名を馳せていた古代善は、筒木の六番目のターゲットとして狙われることになった。
古代邸に侵入した筒木は善と風間の手によって犯行を阻止されたが、当時六歳だった渚を人質に取り、まんまと逃げおおせた。その後十三年もの間、筒木は行方不明のまま影も形も見つかっていない──というのが、公的に記録されている事件概要だった。
その二ヶ月後に、古代善は自殺していた。
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